「ターゲットの顔をはっきり写すには、前に回り込んで撮る必要があります。ただ、どこへ動くか分からないですから、尾行役と撮影役に分かれて、連携を取りながら追跡することが多いですね」　
　
横浜駅のほぼ北側に位置するマンションの一角。ここに、探偵業をなりわいとする「ガルエージェンシー横浜駅前」のオフィスがある。1999（平成11）年に同拠点の代表となった吉田容之（よしだ・よしゆき）さんは、尾行テクニックの一つ「ツーマンセル」について、そう話す。

外観からは、オフィスのそぶりもうかがえない

　
さらに難しいのは、車内での長時間にわたる張り込みだ。人のいる気配を消すため、エンジンは切っておく。また、トイレに行くことができないので、水分補給や食事も最低限に抑える。炎天下の夏ともなれば、半ば脱水症にかかりながら監視と撮影を続けるという。そのモチベーションは、いったいどこから湧いてくるのだろう。
　

同グループでは、各拠点のほかに学校も手がけている

　
この問いに対し吉田代表は、「結果を出すことへのプライド」と答える。テレビアニメなら「じっちゃんの名」になるだろうが、それは、謎解きや推理に用いられるキーワードであり、少し描写が異なる。リアルな探偵が求めるものは、「証拠」という結果なのだ。
　
そう聞くと、探偵がプライドをかけて収集した証拠というものを見てみたくなる。幸いにして同社には、公開可能な浮気調査のサンプル資料があるらしい。そこで、小説とは異なる真実の姿を紹介していただくことになった。
　
　
　
求められるのは、言い訳のできない連続性
　
同社の場合、調査報告書と一緒に動画を提出するのが標準仕様だという。バラバラなスチール写真では、時系列の証明が難しいためである。
　

浮気相手に待ち合わせの電話、これで偶然性が廃除される
　

密会を開始したが、まだ終わりではない
　

約2時間半後、ホテルから出てきた決定的な瞬間

　
顔を写し込みたくても、ターゲットと正対するわけにはいかない。そこで、カバンの穴から撮ったり、脇に抱えて後ろへレンズを向けたり、いろいろと研究や工夫を重ねているそうだ。こうしたテクニックの中には、写真週刊誌のカメラマンから直伝してもらったものもある。
　
実は、インタビューと前後して、ライターと編集部で「それっぽいイメージ画像」を撮ってみた。しかし、入る瞬間は後向きなので、これでは「似た人物」と言い逃れされてしまうだろう。つまり、いつ来るかわからない「出待ち」をする必要があるわけだ。プロとアマの違いは、こうしたところに出てくる。
　

場所も顔も特定できない「それっぽいイメージ画像」

　
同社の目標としているレベルは、説明の要らない「見れば分かる」報告書なのだとか。家を出てからどこに寄ったのか、いつ連絡をしたのか、ホテルに何時間いたのか、入ったときと出てきたときの服装はどう違うのかなど、一連の流れをすべて動画に収める。
　
こうしたポイントは、経験則の蓄積であったり、弁護士から具体的に指示を受けたり、依頼者と打合せをしながら決めていく。こうしたなかで動画は、時系列を勝手に並べ替えられる心配がないため、有力な証拠となり得るだろう。
　
　
　
探偵が探偵であるためには
　
ここで気になるのは、調査活動の合法性や倫理観である。シャーロック・ホームズとレストレード警部は、友人関係ともいえる信頼で結ばれている。一方、神奈川県警に目暮警部がいるとは限らない。探偵は、誰に許可を得て行動しているのだろう。
　
吉田代表によれば、その答えは2007（平成19）年に施行された「探偵業法（探偵業の業務の適正化に関する法律）」にあるという。これによりすべての探偵は、都道府県の各公安委員会に届出をする義務が課せられた。
　

「ガルエージェンシー横浜駅前」の「探偵業届出証明書」

　
しかし、証明書は「単なる看板」に過ぎない。違法な家宅侵入を踏みとどまるかどうかは、結局のところ、個人の判断やモラル感に委ねられるだろう。
　

ガル社独自の教範や法務資料一例

　
「ですから当社では、独自に探偵学校を持っているんです。卒業生はすべて、この分厚いマニュアルを頭にたたきこんでいます。現在は自主規制のようなものですが、届出制を許認可制に変えるという話も出ていますし、ますますコンプライアンスが重視されてくるでしょう」