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暮らす> 企業

横浜総合建設株式会社

「造るための解体工事」なら横浜総合建設株式会社にお任せください

最終更新日:2017年6月26日

0120-584-801

イチオシサンプル画像

決して周囲への配慮を忘れない。常に「顧客」の気持ちに立って工事を続ける「横浜総合建設株式会社」

新しい家が建つ時、そこにあった建物は解体される。夢の実現の第一歩は解体なのである。その第一歩を依頼した会社が直接責任をもって施工してくれるのが横浜総合建設の「安全に、確実に、顔が見える解体工事」である

DATA
住所: 神奈川県横浜市戸塚区品濃町845-3
JR東戸塚駅より徒歩10分
営業時間: 9:00~18:00

街を歩いていて、古くからあった家が取り壊されているのを見かけるときがある。重機がまさに家を解体していくところだったり、その日の工事が終わって家屋の断面図を見るような光景だったりする。自分の家でも友達の家でもないのに「ああ、あそこに階段があったんだなあ」と思うときのあの何とも言えない気分。 
 
しかし、しばらくするとそこは黒々とした土を見せる更地になって、やがてそこに新しい建物ができる。解体工事は、建築の最初の一歩と言うこともできるだろう。
 
東戸塚駅から牧場があるほうへ10分ほど歩いたところにあるのが、その解体工事を中心にさまざまな工事を行う「横浜総合建設株式会社」である。
 

01yoko__article
緑に囲まれた長閑で閑静な場所にその会社はある

 
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高原のロッジのような建物の入口へと近づいていくと
 
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キュートな「壊志郎(こわしろう)」が迎えてくれる、何だかほっこりする

 
解体工事という力強い仕事から、つい逞しく男らしい世界を想像してしまいそうになるのを、さっそく壊志郎君が「そんなことないよ、ようこそ横浜総合建設へ」と言ってくれたのだったが、社長の安西伸司(あんざい・しんじ)さんに挨拶をすると、まだ挨拶しかしていないのに、その柔和で気さくな人柄にますますほっこりとするのであった。
 

04yoko__article
『北風と太陽』の旅人ならすぐにコートを脱ぐに違いない温かさに胸襟を開く

 
横浜総合建設では、建築物全体から内装、外構(エクステリア)といった部分的なものまでの解体工事を中心に、造成などの土木工事やリフォームまで幅広く扱っている。
 
解体工事は不動産会社からの依頼が主なので、不動産業との接点がないとなかなか知る機会がない。そういった意味で今回は絶好の日である。と同時に安西さんの人柄にもすでに惹かれてしまったので、安西さんのこれまでの経歴とともに横浜総合建設を追いかけていく。
 
 
 
東戸塚は偶然に
 

2009(平成21)年設立の横浜総合建設が現在の場所に移転したのは1年ほど前。それまでは上星川の約10坪のビルで営業していた。
 

05yoko__article
この場所を見つけたのは偶然だったという

 
事務所が手狭になってきて、より広い事務所を探していた安西さんは、アットホームという不動産会社用の物件情報がテーブルの上で山になっていた。ある日、テーブルの上を片付けようと持ち上げたら、積んであった情報誌が崩れ、崩れたあとにあったのが現在の場所が「貸地」となっている図面だったという。
 
敷地が280坪、賃料は月額28万円という物件の情報を見たとき、安西さんは「お、ここはいいな」と思った。280坪あれば車は15?20台は置ける。そのとき横浜総合建設が所有していた車両は10台。今後増えることを考えても広さは充分。東戸塚駅からも近い。
 
さらに敷地内にはプレハブの建物があった。ここを事務所にして車両も置けるなら駐車場代もかからない。そう思いついて所有者に話してみると「建物は古いので保障はできない」と言われたが、リフォームなら自分できる。それを伝えたところ「自分でやるということであれば」ということになった。
 

06yoko__article
ふつう事務所を探していて「貸地」は見ないから崩れてくれてよかったと安西さん

 
その後、業績も順調に伸び、現在は40人ほどが働いている。
 

07yoko__article
ちなみに壊志郎は社員のある男性の発案だそう。詳しくはまたのちほど

 
 
 
偶然のような必然ような人生
 

さて、たまたま不動産情報誌の山が崩れて現在の場所を見つけた安西さんだが、安西さんの今日に至るまでの話もそんな飄々としたエピソードがいくつも重なったり繋がったりしていて、とても面白かった。
 
高校時代は自動車が好きで、3年生の夏までは自動車整備学校に行くつもりだった安西さん。高校3年生の2学期のある日、不動産業で働いていた叔父が間取り図を見せてくれた。
 

09yoko__article
その間取り図を見た瞬間、安西さんの人生は決定的に変わった

 
間取り図を見た安西さんは「あ、これだ。これをやりたい」と思った。そして、間取り図を描けるような仕事に就きたい、そのための勉強をしたいと考えて、自動車整備学校だった志望をインテリアデザインの専門学校に変えたという。
 
担任教師には「専門学校は遊びに行くところじゃないぞ」と苦言を呈されたそうだが「いや、本気です」と言って進学した。
 
専門学校ではデザイナーになるべく学んだが、安西さんいわく「間違えて」不動産会社への就職を決めてしまったそうだ。しかし、安西さんが間違いに気づいて迷っていると、叔父から「不動産会社なら、顧客とデザインの話もする営業をやればいい」とアドバイスを受け、なるほどと思い就職。仲介の営業職として働きはじめた。
 
現在、安西さんは50歳。つまり就職した当時、日本はちょうどバブル全盛期だったので不動産はそれこそ飛ぶように売れたという。そして、不動産仲介をしながら、しだいに「建売りをやりたい」という気持ちが大きくなっていった。そう、安西さんはもともと「間取り図」魅せられて不動産の世界に入ったのだ。
 

10yoko__article
そして25歳のとき、安西さんに転機が訪れる

 
不動産会社に勤務して5年たったある日、叔父から「一緒にやらないか」と誘われて、叔父の会社で仲介の営業の責任者として働く。しかし、5年後にバブルが崩壊。会社は閉じることになった。
 
叔父の会社がなくなってしまった時、友人が声をかけてくれ、友人の会社で建売の企画営業として働くことになった。しかし重なるときは重なるもので、友人の会社に勤務してから1週間後に引き抜きの話が舞い込んできた。
 
嬉しい誘いではあったが「勤めたばかりなので」と断った。しかし、その後も諦めずに何度も誘ってくれるので、熱意に打たれて1年後に転職。すると今度は知人の歯科技工士から「利益を折半して一緒に建売りをやろう」と誘われるのである。
 

11yoko__article
この引く手数多具合は、やはり安西さんの人柄によるものだろう

 
今度の誘いも転職したばかりなのでと断っていたが、時代の流れから勤務先が倒産することになり、歯科技工士と一緒にやることになった。するとまたもや知人の解体業者から、同じように「建売り販売をやろうと思うが利益折半で一緒にやらないか」という声がかかる。
 
今回も始めたばかりなので断っていたが、あるとき、その歯科技工士が知人の負債の保証人になっていたことから不動産業を続けられなくなってしまい、解体業者と一緒に仕事を始める。
 
その後、販売棟数は順調に増えていったが、それにつれて多忙になり、また両者の間で方向性の違いも生じてきて、安西さんは考えた末にその仕事を離れる決断をした。
 

12yoko__article「そこからしばらくは大変でしたね。言ってみればどん底でした」と笑う安西さん

 
しかし、しばらくするといくつか解体工事の見積もりを頼まれるようになり、やがて解体工事の営業も頼まれるようになった。今回も利益は折半という条件だった。
 
 
 
そして独立
 

不動産業は比較的独立しやすい業種であるため、安西さんは30歳になったころから「いつかは不動産業で独立したい」と考えていたが、ただし独立するためにはそのための資金が必要なため、なかなか実現には至らなかった。
 
そこには、バブル崩壊後に訪れた不動産業界を長く覆った「冬の時代」の影響もあっただろう。しかし、解体工事を手がけるようになってしばらくたったあるとき「建売りでの独立は難しいが、解体工事ならいけるのでは」と思ったという。
 
そして、かつての職場の先輩に解体工事の見積もりについて相談に行った際に、独立を考えていることを話すと、その人は「一緒に頑張ろう」と協力を約束してくれ、本格的に安西さんは独立を考えはじめた。
 

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先輩の協力で独立を決意

 
例えば安西さんが解体工事の仕事を取ってくる数が増え、依頼できる下請け業者が不足すると、その人が業者の連絡先を3つ教えてくれる。その人が連絡してくれるわけではないので安西さんが連絡しなければならないのだが、それが結果的にさまざまな状況に対応する勉強にもなり、繋がりが増えることにもなったそうだ。
 
それ以外にも安西さんにはアドバンテージがあった。解体工事は不動産会社からの依頼が中心なので、不動産会社で働いていた安西さんには不動産会社の知り合いがたくさんいたのである。実際、そうした人に会うたびに「解体の仕事があったら一報ください」と言っていたら、次々に依頼が来たという。
 

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地道な声がけが実を結びはじめる

 
5年ほど経つと大変だった時期は過ぎて、解体業が軌道に乗っていた。預金通帳の管理も任されていたので、経理に関する業務のやり方も身についていた。そして「利益の半分でやっていけるなら、折半しているもう半分を経費にして独立できるんじゃないか」と考えてついに安西さんは動いた。
 
ただし、独立しやすいとはいえ建設業の免許を取るためには「建設業などで取締役として5年以上勤務」など、簡単ではない条件がいくつかあった。そしてここでもいい流れがやってくる。建設業の免許を持っている知人に協力を求めると、即答で力を貸してくれることになった。
 
独立の協力者を得たものの、資金の準備などでしばらく考えていたある日、リフォーム会社で働く知人に独立の件を話したところ「うちでリストラをしなければいけない人がいるんだけど、安西さんの会社でどう?」と言う。聞いてみると、取締役としての5年以上のキャリアがあり、さらには一級建築士でもあり事務もできる人という。まさにうってつけの人物だった。
 

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「まさに」という人材だった

 
そして、解体工事だけでは少し不安が残ると感じた安西さんが、リフォーム工事と造成も扱いたいと思い知人に相談すると、「独立するならうちのビルの1階があいてるよ」と上星川のビルを紹介してくれた。すべての条件をクリアし、環境は整った。安西さんは独立した。
 
独立した当初は、二人だったが、一級建築士兼事務を務める人は経理の経験がなかった。社長である安西さんも経理までは手が回らない。
 
ある日、中学時代の友人と食事をしていたときにそのことを話すと「それならうちの娘をアルバイトで週に1~2日使ってみたら」という話に。聞くと税理士の勉強中だという。まだ会社を設立したばかりで案件もそれほど多くなかったので、週に1日か2日のアルバイトで充分だった。またもや問題は解決した。
 
そしてそこから6年、現在の東戸塚に移転してから1年が経過した今年、一緒に起業した人が独立することになった。
 

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安西さんも建設業の免許に必要な「取締役5年以上」の要件をクリアしていた
 
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「仕事の半分はゴルフです。不動産会社の社長がたくさんいるので」と笑う

 
飄々とした語り口で語られる、次から次へと誘いの声がかかり現在に至る安西さんの人生は、数奇なようで全体としては順風満帆だったようにも聞こえるが、もちろん安西さんの努力や真摯な仕事への取り組みがあったからこそだろう。そしてそれを感じさせないのもまた、安西さんの人柄だろう。
 
 
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