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無用の長物なのに作品に見えてくる、建築物に潜む「トマソン」を横浜で探す「ハマソン」序章

ココがキニナル!

横浜を歩くとまだそこかしこにトマソンを見つけることができる。日本の街並みの新陳代謝はとても早いので、消えてしまう前に情報求む

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ライター:永田 ミナミ

そして横浜のトマソン


 
横浜で最初にトマソンを発見したのは2013(平成25)年、京急金沢八景駅ホームの前に建つ「謎の白い建物」を取材したときのことだった。

投稿に「出入口がありえないくらい高い位置についている」とあったので現地に行って建物を眺め写真を撮影し、京急に問い合わせたり資料を調べたりしている途中でふと「あれ、これはひょっとしてトマソンじゃ」と気がついたのである。
  


曲線的なデザインの庇(ひさし)も素敵な、開けたら外にそのまま落下する「高所ドア」
  

高架に塞がれて出入り不可能な「無用ドア」
 

その後、金沢八景駅の建物は、1929(昭和4)年に建てられ、2000(平成12)年に役目を終えた変電所跡であることが分かった。シャッターがついた扉は変電所建設時の機材搬入口だったが、戦後の1946(昭和21)年に線路が高架化された際に「無用」化したのだった。

というわけで調査は終了したが、トマソンを見つけた喜びは残った。そして横浜にはほかにもトマソンは残っているのではないか、横浜のトマソンを探してみたい、という思いは少しずつ大きくなって、実現するなら「ハマソン」と呼んでみたらどうかな、などと考えていた。
  


すると、鎌倉でトマソン発見という情報が飛び込んできたり
  

ある日、世田谷区の自宅近くに新しくトマソンができたりした
 

そしてそのたびに「ハマソン」についての夢は膨らみ続け、赤瀬川原平氏に話を聞くことができたりしたら最高だな、などと考えていたところ、2014(平成26)年秋、かねてから療養中だった赤瀬川氏の訃報に接することとなり、残念ながら夢はずっと夢のままとなってしまった。R.I.P。
 
しかし、横浜屈指の急坂(現在4位)「南区永田北2-16の坂下のランドマーク」である銭湯「衛生湯」の元煙突も、キリン園公園の正門跡花壇も「思えばトマソンじゃないか」と気づくなど、この1年あまりの時間はすでに出会っていたトマソンを「発見」するには充分な時間でもあった。
  


現在は銭湯ではなく「座風呂」というサウナとして営業している
 

煙突だったことを知らなければ緑に覆われた謎の塔が立つばかり
 

どっしりとした石造りの門柱と趣深い書体の看板との間に設けられたキリン園公園の花壇
 

現在の六本木アークヒルズとして再開発される直前の、空き家や廃屋がならぶ谷町に残った銭湯の煙突は、本家トマソンにおいてもトマソンの名作のひとつとして知られている。

トマソンの嚆矢(こうし、ものごとのはじまり)となった「純粋階段」はまだ未発見だが、金沢八景駅の「高所ドア」と「無用ドア」、南区永田北の「無用煙突」、中区千代崎町の「無用門」と堂々たるトマソンが2015(平成27)年の横浜市内には残っている。

しかし「トマソンというのは古い街の様相が悶えながら新しい町に変貌していく、その軋みの中にポツン、ポツンと生まれて、そしていずれは消えていきます」と赤瀬川氏が述べているように、2015年においても街の変貌は各所で起こっている。
 


トマソンではないが日本大通りの旧日東倉庫。今はもうこの世に存在しない
 

とはいえ、今も横浜にはいろいろな場所に古い街の断片が残っており、そこには涼しい顔で佇む上述のトマソンたちがいる。ほかにもまだ見ぬトマソンもいくつか、いやいくつもあるかもしれないと思い、街を歩くときにはきょろきょろしてきたが、「町の超芸術はいずれは消え去る運命にある(『路上観察学入門』)」ことを考えるとこのペースでは限界がある。

ということで、横浜のトマソン「ハマソン」情報を募集することに。 
 
 
 

ハマソンについて


 
募集するにあたり、ハマソンの応募規定のようなものを考えなければならないと思い、トマソンの関連資料にひと通り目を通した。
 


資料一覧
 

冒頭でも述べたように、トマソンは「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物(『超芸術トマソン』)、「町の各種建造物に組込まれたまま保存されている無用の長物的物件(『路上観察学入門』)」のことである。

『超芸術トマソン』では、読者からの投稿について赤瀬川氏が「トマソンかトマソンではないか」を鑑定し、やがて最初の3物件以外に多様化していくのだが、読みはじめてしばらくするとある疑問が芽生えた。そして読み進めていくと、やがて赤瀬川氏自身も同じことを感じていることが分かった。

 

手摺にならぶ意味不明の輪も「滑り降り防止」と考えればふいに実用的を帯びる
  

「超芸術の存在が多くの人に知られてくるのは喜ばしいことなのだけど、それが制度化されることの退屈さを予感しはじめているのも事実なのである。そういう制度化の落し穴というのは、どんな思考の世界にでも待ち受けているものである。(『路上観察学入門』)」

「でこれがトマソンであるかないかという推察のことだけど、最近は何かもうそういうことを考えるのが面倒くさいな。(『超芸術トマソン』)」

「しかしそれにしても感動する。構造としてはこれはトマソンには該当しないかもしれない。しかしこの堂々たるありさまが、その論理規定を上回ってアホらしくも荘厳なのである。(『超芸術トマソン』)」
 


ビブレ前広場に描かれた作者不明の蝶と花の模様の迷路は
  

全体を俯瞰できる美容室の誰も気がついてすらなかったが謎の存在感を放つ
 

そう、トマソンの定義はもともと偶然発見した3つの物件から何となく浮かび上がってきたものなので、トマソンであるかどうかという判定を重ねるうちに、純粋に楽しみきれない窮屈さのようなものが生じ、赤瀬川氏自身が倦怠感を覚えはじめるのである。

この窮屈さは「超芸術」の展覧会後に出会った、取り壊される建築物の欠片を収集する一木努(いちき・つとむ)氏、マンホールの蓋を撮影し蓋に刻まれたマークを記録する林丈二(はやし・じょうじ)氏、近代建築の西洋館を探して歩く藤森照信(ふじもり・てるのぶ)氏と出会って1986(昭和61)年に発足した「路上観察学会」によって解放される。

つまり、トマソンをきっかけに路上において発見できるさまざまな面白いものを「観察」する人間たちが集まり、それぞれの視点を共有し楽しむ、というかたちに発展したわけである。

そこで、ハマソンにおいても横浜市内のトマソンを中心に、広く横浜の風景のなかに見つかった「面白いもの、情緒が感じられるもの」を取りあげていきたい。例えばこんな感じで。
  


2011(平成23)年に急坂を探していたときに遭遇した、室内に植物が生い茂る店
 

この植物で満席の元中華料理店は、急坂とは関係ないがあまりの迫力と趣深さに撮影していたものである。現存しているかずっと気になっているが、その後近くを訪れる機会がないまま4年が経過してしまった。
 


それからこういうものはどうだろうか。コンクリートで覆われた崖の中腹
 

崖の隆起に合わせて丁寧にコンクリートで覆われていて、その上に枯れ草
 

もともと崖だったのか、あるいはここは旧東海道沿いなので古い時代に削られた斜面がこういう形状でそれを無理に平面的に削らなかったのか、地形に合わせてそのままコンクリートで塗り固められた崖である。

中腹にある隆起した部分の膨らみの上に亀裂が入っているのか穴が開いたのか、枯れ薄(すすき)が静かに風にそよいでいた。見上げていると、何だか手塚治虫の『火の鳥 黎明編』に出てくる火の鳥の巣とそこで翼を休める火の鳥を思い出した。
 


あるいはこれはどうだろう。山手の見尻坂下に車両通行止めの標識が見えるが
 

標識の後ろにひっそりと佇む人見知りの見尻坂標識
 


始まりはこれから



現在はプレハブ工法(prefabrication method)が高度に進化し、あらかじめできている部材を運んできて組み上げていくとあっという間に高層ビルができてしまう時代である。

コンクリートをじっくり塗り固めることがなくなり、簡単に建築物全体を取り替えられるようになった時代は、トマソン的にはなかなか生きづらい世界である。そして、新しくトマソンの種が撒かれないとなると、今あるトマソンを収集しておかなければトマソンは減っていくばかりである。
 


日ノ出町駅前のビル「サクアス」もみるみるうちに完成した
 

1986(昭和61)年出版の『超芸術トマソン』のなかで、すでに赤瀬川氏は「だからこそ声を大にして言うのです。超芸術の観測は急がれなければならない」「こうしている間にも、第二第三のトマソン物件が、生産性の社会の闇から闇へと葬られている」と述べている。2015年ともなるともっと急がれなければならないかもしれない。

とはいえ1982(昭和57)年の設立以来所長を務めている「トマソン観測センター」の鈴木剛氏が「探そうと意識すると見つからない」とも言っているように、血眼になって探しまわるものでもないだろう。

というわけで、毎日通る風景で、前から何となく気になっていた建物や道端の構造物にふと意識を向けてみたときに「お、ここにトマソンらしきものが」と思ったら投稿やコメントを。現地に行って写真を撮って観察し、紹介します。

ただし、情報社会のとんでもない発達によって、1980年代とは個人情報の管理などプライバシーに関する考え方が大きく変化しているので、個人宅が特定できてしまうようなものは写真で紹介することが難しいこともあるかもしれない。しかし、投稿があれば観察しに行って、言葉かイラストで紹介できればと考えている。

街の隙間に残る趣深い土木建築物を記録し、鑑賞する楽しいハマソンの始まりです。
   
 
―終わり―
 

参考文献
『超芸術トマソン』赤瀬川原平著/ちくま文庫/1987
『東京路上探検記』尾辻克彦・赤瀬川原平著/新潮文庫/1989
『路上観察学入門』赤瀬川原平・南伸坊・藤森照信編/ちくま文庫/1993
『トマソン大図鑑 無の巻』赤瀬川原平編/ちくま文庫/1996
『トマソン大図鑑 空の巻』赤瀬川原平編/ちくま文庫/1996
『芸術新潮』第66巻第2号/新潮社/2015
  

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  • では、私からもトマソン情報を1つ。相鉄線希望ヶ丘駅北口を下り、左にまっすぐ進むと十字路があり、その向かって右側に3~4段程で行き止まりの階段がありますよ。機会があれば、是非見つけていただければと思います。失礼しました。

  • そう言えば、はまれぽさんの山下公園の謎の階段で海にそのまま降りているのもトマソン?かな?

  • トマソン、野球選手の名前?っておもってたけど、本当に関係があったとは!そういえば夫の実家の隣の家が、2階玄関だったらしいけど、古くなってこわれたのか外階段がなくなりトマソン化してるのに気づきました。というか、トマソン化って表現できるのって説明省けて楽〜! もちろんトマソンを知ってる人限定ですが。 気合入れてではなく、なんかの拍子に見つけたいですね、トマソン!

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