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開港百年を記念して作られ、横浜の名所を歌った歌「浜音頭」とは?

ココがキニナル!

横浜の開港百年に発表された『浜音頭』というのがあるそう。だがその後現代に至るまで、何の情報もない。横浜の名所史跡が、歌詞に読み込まれているらしい。この『浜音頭』を知りたい。(s39hbさん)

はまれぽ調査結果!

「浜音頭」の発売年や背景は不明、歌詞の中には横浜の「野毛」や「三溪園」の名所史跡が盛り込まれていた。

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ライター:すがた もえ子

歌い手の二代目・浜田喜一氏とは?



浜音頭を歌っているのは、資料によると民謡歌手の2代目・浜田喜一(はまだ・きいち)氏だ。
この線から追えないだろうかと思い調査を進める。
2代目・浜田喜一氏は北海道桧山郡江差(えさし)町出身。
 


北海道江差町の瓶子岩(へいしいわ)
(画像提供:Materialscientist:Wikimedia Commons)


『波濤のうた~初代・浜田喜一物語』によると、名人とうたわれた浜田喜一氏が1948(昭和23)年に肺結核を患い、その療養中に喜一氏が弟の末吉に2代目を名乗らせて巡業を続けさせたというのが背景にあり、その後病気から快復した初代とともに民謡界で活躍。初代と2代目が同時に同じジャンルで活躍したという珍しい例でもあったようだ。

2代目浜田喜一は民謡・江差追分節(えさしおいわけぶし:北海道へ古くから伝わる民謡)の江差正調追分浜田流二代目家元(追分節正調の流派)でもあり、1990(平成2)年10月に亡くなられた。

2代目浜田氏は全国の民謡のレコード化に積極的に取り組んだ方で、地域の埋もれた民謡を発掘にも取り組まれていた。ここの線から2代目浜田喜一氏の足跡を追ったが、残念ながら「浜音頭」との関係を掴むことはできなかった。

ちなみに民謡とは、特定の地域などで主に口承によって歌い継がれてきた伝統的な歌のことだが、明治時代後期以降、新たに創作された民謡を「新民謡」、もしくは「創作民謡」と呼んで区別をした。
 


伝統的な民謡(秋田おばこ)の振付(『郷土民謡舞踊辞典』国立国会図書館蔵)


「浜音頭」は開港百年祭にちなんで1958(昭和33)年ごろに作られた楽曲なので、上記に基づけば「新民謡(創作民謡)」に分類されるのだろう。

民謡の線から手がかりを掴みたいと資料を探したが『日本民謡辞典 新装版(東京堂出版)』や『日本民謡事典(全音楽譜出版社)』を始めといった民謡辞典にも「浜音頭」の曲名は掲載されていなかった。

そこで筆者は、過去から現在まで日本国内で出版された物の多くが保管されている、国立国会図書館へと向かった。
  


霞が関にある国立国会図書館
(画像提供:663highland ・Wikimedia Commons)


こちらの音楽・映像資料室(一般利用不可・許可制)で、「浜音頭」の現物と対面することができ、厳しい制約の元、実際に曲を聴くことができた。

国会図書館の本は基本的に館内閲覧のみ許可されているが、レコードや記録映像などは音源の複製不可。案内された席に座り、ヘッドフォンで音源を聴く、という流れだ。
 


それでは、まずは歌詞を紹介したいと思う(イラストはジャケットをもとに作成)


「浜音頭」
作詞作曲:浜崎寿鶴、歌:浜田喜一(二代目)

出船ナ~ 出船入船かもめがおどる
浜の乙女のほどのよさ
野毛のナ~ 野毛の山からお船が見える
さぞや井伊様うれしかろ
浜のナ~ 浜の港を横目に眺め
いきな姿のマリンタワー
昔しゃナ~ 昔しゃなつかし三渓園も
今じゃ振袖お茶手前


曲調は日本人がなじみ深いもので、盆踊りのような曲調だった。間に合いの手が入ったりもするが、3分28秒ととても短い曲だ。
作詞・作曲を手掛ける浜崎寿鶴さんにお話を伺いたいと思い調査したが、残念ながら“浜音頭を作詞作曲されている”という以上の情報をつかむことができなかった。

地域のイベントに絡んで曲を作る場合、地域の関係者がペンネームを使用して作詞などをする場合もあるそうなので、もしかしたら今回もそういった地元の方のご尽力があったのかもしれない。



歌詞を見ながら、昔と今の名所を巡ってみた



キニナルにも挙げられていたが、「浜音頭」の中には横浜市内の名所史跡が歌詞の中に盛り込まれている。
この歌を聞けば、横浜に詳しくない人でも横浜の観光名所を把握することができそうだ。


♪出船ナ~出船入船かもめがおどる
 


横浜桟橋(絵はがき)大正期(横浜開港資料館所蔵)
 

現代の大さん橋


♪浜の乙女のほどのよさ
 


1885(明治18)年、当時の横浜で働く女性たち
(画像提供: Adolfo Farsari・Wikimedia Commons)


♪野毛のナ~野毛の山からお船が見える
 


野毛から見下ろした写真・昭和初期(横浜開港資料館所蔵)
 

現在の野毛の裏道


♪さぞや井伊様うれしかろ
 


井伊直弼の像が描かれた「日本開港百年記念」切手
(画像提供:Japan Post:Wikimedia Commons)
 

掃部山公園(かもんやまこうえん)の井伊直弼(いい・なおすけ)の銅像


横浜市西区にある掃部山公園には井伊直弼の銅像が建っているが、現在の像は1954(昭和29)年に開国100周年を記念して横浜市が再建した。初代の像は1909(明治42)年6月26日に竣工。しかし第二次世界大戦中の金属回収指示によって鋳(い)つぶされてしまった。

♪浜のナ~浜の港を横目に眺め
 


横浜港パノラマ絵はがき20世紀初頭(横浜開港資料館所蔵)
 

現在の横浜港にはシンボル的存在の横浜ベイブリッジが建っている
 

ベイエリアの姿もかなり変わった


♪いきな姿のマリンタワー
 


赤白時代の横浜マリンタワー
(画像提供:Los688:Wikimedia Commons)
 

現在のマリンタワー


♪昔しゃナ~昔しゃなつかし三渓園も
 


大正期の三溪園(横浜開港資料館所蔵)
 

2008(平成20)年5月に撮影された三溪園


♪今じゃ振袖お茶手前

キニナルにもあった通り、横浜市の名所を織り交ぜた曲だった。
開港100年当時にも、現在と同じ横浜の観光名所があり、それが歌詞の中に盛り込まれているのも感慨深い。



取材を終えて



短い曲だが、横浜の観光名所を上手く盛り込んだこの曲、埋もれさせてしまうには少しもったいないような気がした。

残念ながら今回は浜音頭が作られた背景をはっきりとつかむことができなかったのだが、今後も浜音頭の背景について何か分かればご報告したいと思う。
 
 
―終わり―
 

参考資料


『横浜開港百年祭記念寫真集』横浜開港百年祭実行委員会 編(1958年)
『目で見る横浜百年史:開港百年記念グラフ』横浜市役務局広報課 編(1958年)
『開港百年記念ヨコハマ』制作:社団法人 神奈川ニュース映画協会(1958年)
『神奈川新聞』(1958年)
『市政概要1958年版・開港100年横浜市』(1958年)
『波濤のうた~初代・浜田喜一物語』野村耕三(1982年)
『日本民謡事典』長田 暁二・千藤 幸蔵 (著, 編集)(2012年)
『日本民謡辞典 新装版』仲井 幸二郎(2006年)
 

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コメントする
  • 生まれた時から保土ヶ谷区民なので、次は是非保土ヶ谷音頭を調べて欲しい!宿場まつりも10月11日12日にやりますので、こっちでも知っていそうな人にあたってみます。

  • 浜の乙女のほどのよさ?絶句しましたわ

  • もしかしたら、浜田さんも、富田さんも、Victorでは。Victorの流れの邦楽財団を調べると、ヒントがあるかも。私は横須賀市民が踊る「猿島音頭」がスゴく気になります。こちらも地名がいっぱい出てきて、どんな人が作って歌っているのかなぁと、いつも気になってます。

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