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映画やドラマ、そしてCMのロケ地として有名な旧県立三崎高校校舎が解体されることが決まりました。これを惜しみ今まで撮影された本数、作品名が知りたい(八景のカズさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

旧神奈川県立三崎高校で撮影された映画、ドラマ、CM、PVは500本以上にのぼる。解体を惜しむ声はあるが、三浦市の未来には必要な決断だった

ライター:やまだ ひさえ (2016年02月04日)

旧県立三崎高校、閉校までの道のりと現状

老朽化が進んだという旧県立三崎高校がどうなっているのか。今回の解体に関わっている三浦市政策部政策課特定事業推進担当グループで聞いてみることにした。

旧県立三崎高校に案内、話を聞かせてくれたのは課長の古川篤(ふるかわ・あつし)さんと、主査の羽白泰介(はしろ・たいすけ)さんだ。
 


古川さん(右)と羽白さん

 
旧県立三崎高校は、1933(昭和8)年4月、三崎町立三崎実科高等女学校として設立された、三浦市内でも歴史のある学校だ。


三崎町立三崎実科高等女学校(神奈川県立三崎高等学校『創立70周年記念誌』より)
 

1948(昭和23)年4月には、三浦町立三崎高等学校に改称。1950(昭和25)年に県立に移管され、神奈川県立三崎高等学校になっている。
 
1953(昭和28)年4月に現在の場所、三浦市初声町下宮田に移転。現在の鉄筋4階建ての校舎は、1969(昭和44)年12月に完成している。
 


1969年に完成した本館校舎

 
そして月日を経て、前述のように2004(平成16)年、同じ三浦市内にあった神奈川県立初声(はっせ)高校と統合され、旧県立三崎高校は、70年に及ぶ歴史の幕を閉じた。

旧県立三崎高校は70年の歴史。一方の旧県立初声高校は1982(昭和57)年の創立。当時で22年の歴史しかなかった。旧県立三崎高校が閉校となった理由を県の教育委員会で聞いてみた。
 


県教委で聞いた

 
県教委で「県立高校改善」を担当している市之瀬裕彦(いちのせ・やすひこ)さんが疑問に答えてくれた。

神奈川県では、1988(昭和63)年をピークに生徒数の減少が続き、2000(平成12)年から生徒の個性重視の教育や多様化に対応するための「県立高校改革推進計画」を行ってきた。

その一環として学区の撤廃や県立高校の再編や統合を実施。市町村ごとに学校の統廃合が進められ、距離的に近くにあった旧県立三崎高校と旧県立初声高校を統合、神奈川県立三浦臨海高校として新たなスタートを切った。
 


2校は約3㎞という近接した場所にある

 
現在、県立三浦臨海高校は、旧県立初声高校の校舎を使用している。歴史のある旧県立三崎高校が使われなかったのは、校舎の耐震制度に問題があったためだ。

閉校当時で35年。さらに12年の歳月を刻んでいる校舎は、確かに老朽化が進んでいた。
 


正門。ロケのたびに校名のプレートが入れ替えられた
 

校章もない
 

外壁も剥がれ落ちている
 

錆びも目立っている
 

荒れるに任せた閑散とした中庭
 

もちろん人の気配はない
 

屋上の防水シートは台風で剥がれたまま
 

雨漏りもしている
 

ロケの小道具がそのままになっていた
 

映画『悪の教典』のセットも残されたまま

 
旧県立三崎高校がロケ地として注目されたのは、学校という舞台、東京からのアクセスの良さに加え、ロケーションもあったと土田さんが話してくれた。

学校があるのは、三浦市の中心の高台にある。市内で2番目に高い場所だ。
 


左が東京湾、右が相模湾になる

 
加えて、教室からの眺望も抜群だ。
 


教室に居ながらにして絶景を堪能できる
 

眼下に広がるのは小網代(こあじろ)の森

 
西側には、貴重な自然が残る手つかずの森「小網代の森」が広がっている。空気が澄んでいれば富士山を見ることができる。
 


東京湾越しに房総半島も望める

 
東側は東京湾。緑、海、房総半島は、三浦市ではお馴染みの風景だ。

卒業生でなくても三浦市民なら誰もが知っていた三高。その三高が完全になくなるのは、もう間近だ。
 
 
「三高」の跡地はどうなるの?≫
 

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