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タクシーでトラブル? 神奈川区泉町と泉区和泉町が存在する理由とは?

ココがキニナル!

「泉区」が「和泉町」で「泉町」は「神奈川区」。この情況が、横浜市内を走るタクシーのトラブルの元に。横浜市内に泉町と和泉町が存在する理由、和泉町がある泉区が和泉区でない理由を調べて。(mirrorさん)

はまれぽ調査結果!

神奈川区に泉町ができた昭和7年当時、和泉村はまだ横浜市ではなかったので問題なかった。そして昭和61年、既存の町名は使えなかったため泉区誕生。

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ライター:永田 ミナミ

泉区が栄区とともに1986(昭和61)年に戸塚区から分区して新設される以前の戸塚区時代から「和泉町」は存在した。その歴史については過去の記事(//hamarepo.com/story.php?story_id=1547)でも説明されているが、まず近世以降の経緯はざっくりこんな感じである。
 


*クリックで拡大

 
ちなみに中和田村が戸塚区に編入された際、飯田地区(現在の上飯田町・下飯田町)と中田村(現在の中田町・中田北・中田南・中田東・中田西)もそれぞれ町となった。

「泉区」という区名が選ばれた理由についてはまた別の過去の記事(//hamarepo.com/story.php?story_id=2188)にもあるが「旧町名は使わない」という区名選定委員会の基準があるため、最も応募数が多かった「和泉区」にはならなかった。そして「泉が湧き出るように、若い活力を生み出しながら発展するように」との願いを込め2位の「泉区」とした。

ちなみに「和泉村」という名前は現在も和泉町を流れる「和泉川」にたどることができるわけだが、1889(明治22)年に発行された『皇国地誌』には次のような記述がある。
 


*クリックで拡大

 
この資料から必ずしも「和泉川」ではなく「泉川」と表記されることもあったことが分かる。そしてこの「いずみがわ」の名前は、孝子(親孝行な子ども)が主人公のある伝説に由来するとされている。
 


*クリックで拡大

 
この「酒湧池(さかわくのいけ)」は弁天池とも呼ばれ、過去の記事(//hamarepo.com/story.php?story_id=1547)にもあったように和泉町内の第六天神社隣にいまも残っている。
 


というわけでやってきた第六天神社
 

鳥居横には「酒湧池」の案内板も立っている
 

境内の裏手の坂を上っていくと「酒湧の池」の案内と趣深い階段を発見
 

降りると小さな鳥居が見えてくる。鳥居の手前は橋になっていて
 

中心の小島をぐるっと囲むように池があり、筒から水が落ちている
 

こちらは里人が酒樽を抱えた孝子を見かけて目を輝かせた樽見橋跡碑
 

向こうに見える背の高い木立が第六天神社。こういう碑が残っている嬉しさ

 
横浜市歴史博物館に確認したところ、鎌倉時代以前のことなので現在残っている資料から判断するしかないという。というわけで、この「酒湧池」の伝説が「泉」と象徴化され「泉」が注ぐ川が「和泉川(泉川)」→「和泉川」が流れる村→「和泉村」→「和泉町」となって今日、という経緯のようだ。

こうして和泉川(泉川)の歴史は、この伝説ごとはるか鎌倉時代以前までさかのぼってしまうのだった。



和泉町はひょっとして



というわけで、横浜市内に「神奈川区泉町」と「泉区和泉町」が並存し、時としてタクシードライバーを惑わせかねない状況が生まれたわけだが、この状況は少し変わりつつある。

まず2012(平成24)年10月22日に、和泉町の一部で住居表示が「下和泉1〜5丁目」に変わった。さらに翌2013(平成25)年10月21日には第二次地区として「和泉が丘1〜3丁目」が、2014(平成26)年10月20日には第三次地区が「和泉中央南1〜3丁目」になった。そして2015(平成27)年9月7日には第四次地区として「和泉中央南4・5丁目」が誕生している。

このままだと和泉町はなくなってしまうのではないか。ひょっとして和泉町は「泉和泉問題」解消のためにみずから動き出したのではないか、とも思ったが、そういうわけではなさそうだ。
 


住居表示変更がおこなわれた地域はこんな感じ。和泉町はまだまだ広い *クリックで拡大

 
2000(平成12)年時点の和泉町の面積は8.526平方kmあり、泉区全体(23.555平方km)の3分の1以上を占める広大な町だった。同年の資料では人口も泉区14万7370人のうち、4万5539人と3割を占めていた和泉町の住居表示の桁も迫力があり、住居表示変更の第三次地区には8000番台の地番もあった。

この規模の大きさに加えて、同じ地番に20軒ほどの家が建つ場所がある一方で欠番の住所も多かった。これによる住所の分かりづらさを解消するため、住居表示変更がおこなわれているのである。

今後の予定を泉区に問い合わせてみると「和泉町」の住居表示変更は6年計画で進めているということであった。区議会の議決が必要なので確定とはいえないが、予定では2016年と2017年のあと2回おこなわれる予定だという。

何はともあれ、住居表示がおこなわれた地域はひとまず「泉和泉問題」から解放されたということになるだろう。

ちなみに2015(平成27)年の横浜市地域振興課の資料に載っていた和泉町および元和泉町の地域の面積を上の地図に付しておいた。2000年からの15年間で3平方メートルほどどこかへいってしまったことになっているが、面積は概算なので誤差である。



つまりこういうことになる



こうして歴史をたどってみると横浜市内「泉町」と「和泉町」が存在するのは「どちらかがどちらかを真似た」というような話ではないことが分かる。神奈川区に「泉町」が誕生した1932(昭和7)年、まだ和泉町は横浜市ではなかった。

鎌倉時代以前から続く「和泉村」は、明治時代に入って1878(明治11)年に「鎌倉郡」に編入され、その後1939(昭和14)年の第六次横浜市拡張計画において「戸塚区」として横浜市に編入された。

「和泉町」と「泉町」は、それぞれに誕生し、気がつけば同じ横浜市のなかにいたのだ。その過程で生まれた中和田村の役場跡は中和田地区事務所となり、その後、建物は「中和田老人憩いの家」となっている、と『泉区小史』にあったので行ってみた。
 


すると現在は「中和田村役場跡地公園」になっていた
 

公園内の石碑には和泉村から中和田村、そして横浜市編入までの経緯が記されていた

 


取材を終えて



これからもタクシーに乗るときは「泉区の」「神奈川区の」「《わいずみ》って書くほうの」「1文字の泉の」といった枕詞が必要となりそうだが、やはり「地名は土地の歴史」である。触れてみると面白かった。

そして、中和田村役場跡から酒湧池まで、和泉川沿いを2kmちょっと歩いてみると、流れる水面とせせらぎの音が心地よかった。遡上する鯉も見かけることができた。
 


釣りをしながらきっとどうってことない話をしている少年たちもいい感じであった

 
―終わり―

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  • 昔の映画で、タクシーで東京の綾瀬に行こうとしたら神奈川の綾瀬市に着いたって話を見たなぁ。現場レベルではわりとある話なのかも。伊勢佐木町の隣の吉田町(よしだまち)と戸塚の吉田町(よしだちょう)も取り違えやすそう。

  • 気になる投稿者、現役タクシードライバーです。調査ありがとうございます。タクシー協会まで話が回るのは、余程こじれてしまったケースなので、タクシー協会に聞いても知らないと言うでしょうね。でも、同名や同音の地名が元で、お客さんと話がすれ違い、危うくトラブル寸前と言う経験は、タクシードライバーなら皆経験していますよ。ある程度ベテランのタクシードライバーに聞けば、「あー、俺も昔やらかしそうになった。」「やらかしそうになった奴、知ってるよ。」なんて話が幾らでも出てきますよ。他にも、保土ヶ谷区の藤塚と、港北区の富士塚、更には青葉区荏田西の信号名に残る富士塚とか。横浜の外の地名も含めれば、西区の浜松町と、東京の浜松町なんか定番だし。旭区の若葉台と稲城市の若葉台とか。あざみ野付近の新橋(橋の名前)と東京の新橋とかね。たまプラ(たまプラーザ駅の略)と鎌倉もよく聞く話。

  • 昔タクシーの運転手やってた知り合いが、「藤棚』と『藤沢』を聞き間違えてトラブルになった話を思い出した。

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