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戦争中の銃弾跡!?にぎわい座が建つ前には何があった?

ココがキニナル!

「横浜にぎわい座」の土地は以前何があった?1990年ごろ建物はなく、コンクリートの杭の柵だけが残り、杭は穴だらけでした。戦争中の銃弾跡だと聞いた記憶があるのですが、本当?(sakuragichoさん)

はまれぽ調査結果!

「横浜にぎわい座」のある土地には、以前、横浜中税務署がありました。戦争中の銃弾跡があったというのは間違いのようです。

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ライター:橘 アリー

以前は荒れた雰囲気の場所だった



筆者は、横浜に30年位住んでいるので、「横浜にぎわい座」が建つ前の様子も少し覚えている。以前はコンクリート造りの2階建くらいの古い建物があり、キニナル投稿にあるように柵で囲まれていたと思う。
当時、その建物はまだ使われていて、人が出入りしていたのも覚えている。

そして、その一画はとても荒れた雰囲気でどことなく不気味だったので、その前を通る時は、足早に通り過ぎるようにしていた。現在の「横浜にぎわい座」からは想像もつかない様子であったのだ。

しかし、その建物が何に使われていたのかはわからない。荒れた雰囲気のあの場所は何だったのか、詳しく調べてみたい。
 


現在の「横浜にぎわい座」の様子




税務署があった!?



「横浜にぎわい座」ができたのは、今から10年前の2002(平成12)年なので、まずは地図で以前の様子を確認してみることに。
横浜中央図書館で昭和時代の地図を調べてみると、そこには、税務署や空き家などが載っている。
 


1972(昭和47)年の地図。画像上部が桜木町駅方面


地図中の建物の名前は手書きで小さく、文字はとても読みにくいが、“税務署”や“空き地”などの文字は読み取れるので、どうやらこの場所には“税務署”があったようだ。

そこで、この場所にあった税務署について、本や資料などで詳しく調べてみることに。
すると、野毛地区のことについて書かれている「横浜・野毛の商いと文化」という本を発見。
その本には、戦後の昭和時代に、野毛地区には中区役所・県税事務所・中税務署があったと書かれている。
現在の野毛の様子からは想像がつかないので、野毛に役所が集中していたとはちょっと驚きである。

ちなみにこの本は、「野毛まちなかキャンパス」という、野毛地区街づくり会と横浜商科大学が共同で企画運営している社会人と大学生のための公開講座をまとめたもので、インターネット上でも「野毛マチナカキャンパス」の公開講座の様子が公開されていた。見てみると、税務署があった以前についても書かれているではないか。
 


野毛地区について詳しく書かれている「横浜・野毛の商いと文化」


それによると、「横浜にぎわい座」の場所は、もともとは若い藩士たちの学問所で、その後、戊辰戦争(1868~1869年)の時は病院、外国人の受け入れ施設を経て、税関関連施設に変わっていったようである。

次に、中税務署に、にぎわい座の土地に税務署があった頃に関する資料が残っていないか問合せてみたが、残念なことに残っていなかった。
ちなみに、現在、中税務署は中区山下町にある。

そこで、図書館や横浜市史資料室でさらに詳しく調べてみることに。



横浜大空襲で焼けなかった運の強い建物!



横浜市史資料室で、横浜大空襲直後の野毛地区の写真を発見。
 


横浜大空襲直後の野毛地域(横浜市史資料室より)


写真の中央のやや左寄りが桜木町駅で、右側の道路脇にぽつんと残っているのが税務署の建物。
一面の焼け野原の中、中税務署の建物は焼失を免れたようである。
さらに、横浜市総務局が1951(昭和26)年に発行した「復興五年を顧みる」という本には、当時の同じ場所の写真が載っている。
 


上が横浜大空襲直後の写真で下が「復興五年を顧みる」発行当時の写真(横浜市史資料室より)