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東横線の横浜から渋谷まで、全駅名を歌い上げる「綱島ブルース」って?

ココがキニナル!

ひたすら東横線の駅名を歌いあげる「綱島ブルース」っていう曲があるらしいです。キニナル!(しもさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

歌っているのは横浜在住のオオゼキタクさんというミュージシャン。横浜から渋谷までの東横線全駅名をブルースの曲調にのせて歌いあげていた

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ライター:桐生 由美子

東横線の駅名の歌? 綱島ブルース? まずは検索サイトに名称を入れて調べてみると、ひとつの動画サイトがヒットした。画質はあまりよくないが、確かに東横線の駅名をひたすら叫んでいる。曲調はブルース。存在する歌のようだ。そのまま検索を続けると、カタカナの名前が浮上してきた。

「オオゼキタク」さん。

オフィシャルwebサイトも発見したのでチェックすると、横浜出身のミュージシャンとのこと。さっそく問合せメールで取材依頼をすると、「OK」の返事がきた!
 


ふむふむ、この人が
オオゼキタクさん

 


第一印象は好青年! よくよく見ると・・・



「綱島ブルース」にちなんで「綱島」駅界わいで取材場所を探したところ、1軒のライブハウス兼スタジオを発見。
 


綱島駅から徒歩5分。鶴見川沿いのマンション2階にある「the Fried Potato」
 

音楽好きのパーティーにおすすめのこぢんまりとしたライブハウス兼スタジオ


スタジオに到着すると、オオゼキさんはスタジオオーナーの佐藤さんとギターのセッティングを始めていた。HPなどで写真は拝見していたが、実際に会うオオゼキさんは笑顔の似合う好青年! しかし、真正面に立ち挨拶を交わすと、ん? 3人目のおぎやはぎ?

「よく言われるんですよ、おぎやはぎの矢作に似てるって(笑)。メガネを取るとクドカン(宮藤官九郎/脚本家)って言われるんですけど」と、笑顔で話しにのってくれたオオゼキさん!
 


おぎやはぎの矢作似、オオゼキタクさんは、ジョークのセンスも抜群!
 

でもメガネを取ると・・・クドカンになる!


人柄のよさに引き込まれ、聞きたいことがどんどんあふれてきたので、まずはミュージシャンとして活動するまでの経緯から伺った。

―音楽に興味を持ったきっかけは何ですか?
僕の中学から高校時代はバンドブームと言われた時代。1981(昭和56)年~1987(昭和62)年ころにBOOWYが活躍し、1987(昭和62)年に「ユニコーン」、1987年に「THE BLUE HEARTS」、1988(昭和63)年に「JUN SKY WALKER(S)」などがデビュー。僕はユニコーンにハマって、友だちとユニコーンのコピーバンドを組んでいました。

―ユニコーンで一番好きな曲は何ですか?
全部好きですけど・・・、あえて挙げるなら「サービス」。大学の学園祭で歌いました。奥田民生さんの歌だと、「陽」が好きですね。
 


思わず取材を忘れてユニコーンの話で盛り上がってしまい・・・
 

奥田民生さんの話でまた盛り上がって、やっと取材を思い出すオオゼキさんと筆者


―本格的にライブ活動をスタートしたのはいつですか?
大学3年生のころです。友だちは就職活動をするためにだんだん音楽から離れていったんですが、僕の中では「音楽をやりたい」という気持ちがあって・・・。そんなときに横浜駅の西口を歩いていたら、路上ライブをやっている人たちがすごく盛り上がっているのを見て、気持ちに火がついちゃったんです。

―そこからは音楽一本の人生が始まったのですか?
いえいえ・・・。大学卒業後は一般企業へ就職しました。3年間は音楽を続けながらサラリーマンもやっていました。
 


「25歳までにCDが出せなかったら音楽をやめるつもりだった」とオオゼキさん


―音楽業界へ進んだきっかけは何ですか?
渋谷で路上ライブをやっていたら、「ボーカルを探している」という音楽業界の人に声をかけられたんです。それで歌ったのが「亀田のあられ おせんべい♪」っていうCMソング。「とんがりコーン」の歌も歌いました。
その時は「すごい! 俺が歌ってるよ!」って、テレビを見ながら嬉しくなって(笑)。それから本格的にデモテープを持って、音楽事務所をまわり、株式会社ホリプロとアーティスト専属契約を結ぶことになりました。

―そしてデビューしたわけですね!
はい。ビクターエンターテインメントから「群青グラフィティ」という曲でデビューしました。30歳のときです。
 


デビュー前に、RAG FAIRの「Old Fashioned Love Song」という曲の作曲も担当


―横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校の校歌を作ったと聞きましたが・・・
開校するにあたって、横浜市教育委員会から「校歌の制作依頼」のメールが届いたんです。僕にとって横浜は地元。ぜひ作りたいと思ってお引き受けしました。教育委員会から言われたただ1つの要望は、「歌詞に横浜というワードを入れてほしい」ということ。4曲候補を出して、そのうちの1曲が採用になりました。「知の開拓者」という歌です。
 


2013年2月リリースのアルバム「ひばり」(左)、2009年に制作した「知の開拓者」
 

ギターを持つとミュージシャンの顔に!
 

「歌いやすくてとても気に入っている」と、生徒からも好評の校歌
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