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ココがキニナル!

「ブタまんの江戸清」は実は本業はブタまんじゃないらしいのです。そうだとしたらびっくりです。調査をお願いします。(あずきさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

千葉県で庄屋を営んでいた創業者は明治末期、横浜の肉食文化に衝撃を受け、食肉を扱うことに。「ブタまん」は平成以降に考案された商品のひとつ

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2014年04月02日

ライター:河野 哲弥

「はま旅」以来、ほぼ1年ぶりの再訪

以前、「はま旅 産業振興センター・幸浦」編で工場直売店を食べ歩きしたとき、江戸清(資本金:2000万円、従業員数:240人<平成25年度>)の横浜本社工場に立ち寄らせていただいた。
そこで知ったのは、同社の前身は「江戸屋」という食肉店であること。初代にあたる高橋清七(たかはしせいしち)氏が、この店舗を受け継いだときに、江戸清と改称したらしい。
 


金沢区幸浦にある、同社横浜本社工場

 
では、現在の本業とは何なのか。「ブタまん」がどのようにして誕生し、売上げの何割ぐらいを占めているのか。それが、今回の投稿への回答となるだろう。
いざ、同社の入口へ、足を進めてみることに。



当時はまだ珍しかった、肉を食べるという習慣

話を伺ったのは、同社取締役の星野幸雄(ほしのゆきお)さん。
改めて、江戸清の沿革を説明していただくことになった。
 


赤い看板でも、「ブタまん一筋」をうたっているのだが

 
さて、話は明治時代にさかのぼる。創業者の高橋清七氏は、もともと千葉県で庄屋を営み、収穫した農作物を東京や横浜などで販売していたそうだ。そして、氏が横浜で目にしたものは、牛肉を鉄鍋で煮た牛鍋屋の大繁盛していた姿だった。

仏教の思想が強かった当時、肉食は今のように普及しておらず、外国人の居留地が多かった横浜ならではの文化だったに違いない。しかし逆に考えれば、ほとんど手のつけられていないマーケットが、無限に広がっていたことになる。

そこで氏は、南京町(現中華街)にあった食肉業店の門をたたき、弟子入りさせてもらうことに。これが「江戸屋」である。後の1894(明治27)年、同店を譲り受けると、自分の名前を屋号に加え「江戸清」とした。
 


同社玄関に置かれている「幸運を呼ぶ牛」、供養の意味もあるのだとか

 
その後、大正時代にはハム・ソーセージなどの加工品、昭和に入ってからはハンバーガーのパテなども製造することになった。実は、街でよくみかけるファストフードチェーンの多くが、同社の製造したパテを使用しているそうだ。



 

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