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横浜を代表する夫婦デュオグループ「ダ・カーポ」に直撃インタビュー!

ココがキニナル!

地元デュオといえば昔から「ダカーポ」さんが有名でした。横浜の地元の歌を作り、歌ってきたと思います。どんな曲を歌われ、地元への思いを是非インタビューしてください。(浜っ子五代目さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

ダ・カーポは『結婚するって本当ですか』で一世を風靡した夫婦デュエット。『よこはま詩集』や『この街の風に吹かれて』などご当地ソングも歌う。

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ライター:松崎 辰彦

横浜生まれのグループ、ダ・カーポってどんな人たち?



横浜を、日本を代表する夫婦デュエット「ダ・カーポ」。デビュー翌年に発表した『結婚するって本当ですか』はほんの行き違いから恋人を失った女性の切ない思いを描き、多くの人の心を打った。

以来、『宗谷岬』『野に咲く花のように』『地球(テラ)へ・・・』など、榊原まさとし・広子夫妻の爽やかな歌声は人びとを魅了し続け、2007(平成19)年には二人の間に生まれた娘の麻理子さん(フルート奏者)も加わり、アンサンブルにいよいよ厚みが増した。

その後、麻理子さんはフルート修業にフランスへ旅立ち、夫婦二人の原点に戻ったダ・カーポは、以前にも増して美しいハーモニーで聴く人に感動を与えている。

横浜を愛し、横浜にちなんだ多くの歌曲を歌う二人には、港の風や青い海がよく似合う。今回はそんなダ・カーポの素顔に迫った。



何かを感じさせる声─ダ・カーポ誕生─



──横浜生まれのダ・カーポですが、ご主人の榊原まさとしさんは由緒正しい家柄ということですね。
 


ダ・カーポ。榊原まさとし・広子のお二人
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


まさとし:榊原家は徳川家康が三河の大名だったころからの家来で、関ヶ原の戦いのあと、徳川家について江戸まで出てきた、いわゆる「旗本」でした。
ボク自身は横浜市戸塚区の出身ですが、幼いころから音楽が好きで好きでたまらず、会社勤めを経験した後、将来に夢を持つ30人ばかりの若者のグループを創りました。
将来の歌手や作家を夢見る若者たちの集まりで、そこでボクも歌手を目指して仲間たちとオーディションを受ける日々を送りました。

広子:私の故郷は栃木県佐野市です。スーパーを経営する父のもと、私は跡取り娘として育てられました。学校卒業後、横浜へは修業のために来ていたのですが、やはり歌うことが大好きで、横浜駅周辺に貼ってあった「歌う仲間募集」の手書きポスターにつられてマーちゃん(まさとし)のグループに入会したんです。
 


出会いを語るお二人


まさとし:最初に彼女に会って歌ってもらったときに、驚きました。普通の女性の声とはまるで響きがちがう。誰が聴いても惹きつけられ、何かを感じてしまう声だったんです。すぐさま仲間に入ってもらい、チームを結成しました。



大ヒット曲「結婚するって本当ですか」誕生 売れっ子の日々



まさとし:でも、最初二人はケンカばかり。曲目や歌詞のことでいつも衝突していました。性格が正反対なんです。この人(広子)は竹を割ったような性格で、ケンカしても機嫌が直るのが早く、1時間もすればもう忘れている。それで今でも助かっています(笑)

広子:私はなんでもパッパと決めてしまうんです。歌に熱中して会社もやめ、寮も引き払い、それを電話で父に報告すると、その場で勘当でした。「もう帰ってくるな」と。
父は戦争で大変な苦労をして帰って来た人で、そんな父を裏切ったことが心の負担となりました。
 


2015(平成27)年1月、父親久保田博さんの葬儀で
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


まさとし:広子が勘当された、と聞いて、われわれも責任を感じて、ボクが彼女の家に行き、お父さんに説明しましたよ。土間に正座させられて、いろいろ話を聞かされましたが、物事の分かる人で、最後は「好きなことなんだから、やりなさい」といっていただけました。
 


ファーストアルバム『歌う風たち』 1973(昭和48)年11月
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


──1973(昭和48)年デビュー、そして翌1974(昭和49)年にあの『結婚するって本当ですか』が大ヒットしました。

広子:あれは私の女子校時代の友人が結婚すると聞き、てっきり当時彼女がつきあっていた人とだろうと思っていたのに、まるで私の知らない人と結婚するということが分かり、彼女に手紙で「結婚するって本当ですか」と問い合わせた記憶がもとになっています。この「結婚するって本当ですか」というフレーズがその後、何だか気になって、マーちゃんに「このフレーズで曲を書いて」と頼んだんです。その後、二人でいろいろ工夫して一曲にしました。
 


1974(昭和49)年『結婚するって本当ですか』は一世を風靡した
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


そうして作った歌でしたが、おかげさまで大変なヒットになりました。

──かくして芸能界で確固たる地位を築かれましたが、ご結婚は1980(昭和55)年。ずいぶん遅くなりましたね。
 


1980(昭和55)年7月ダ・カーポ ベストアルバム
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


広子:やっぱりこれだけ同じ時間を共有して、同じ苦しみや喜びを味わって、仕事で同じ場面を共有している人はほかに考えられなかったんです。私の足りない分を彼が持っていることが分かったし、彼の足りない分を私が補っているのかなと思いました。
 


デビュー、そして結婚したころの思い出を話す広子さん


まさとし:相性がいいといいますかね。

──そしてお嬢様の麻理子さんがお生まれになって、2007(平成19)年にはダ・カーポの正式メンバーとして参加されました。

まさとし:いや、うれしかったですね、父親としては。親子でやっているのはダ・カーポくらいじゃないですか。家族の歌なんかを自然に歌えますからね。
 


アルバム『いい日でしたか』 麻理子さんを肩に 1983(昭和58)年7月
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


広子:私はハラハラドキドキ。父親はうれしいかもしれませんが、私は娘に恥ずかしくないステージを踏んでほしいと思い、いろいろ厳しく注意しました。
 


アルバム『とっておきの贈りもの』 成長した麻理子さんと
2013(平成25)年6月(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)


現在、彼女はフルートの勉強のためフランスに留学中で、ダ・カーポも夫婦二人に戻りましたが、娘は会うたびに成長しているのが分かります。
 


ダ・カーポ ザ・ベスト 3枚組 2013年6月
(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)
 

娘の榊原麻理子さん フルーティスト(画像提供:ダ・カーポ音楽事務所)