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港北区師岡熊野神社の失われた神事とは?

ココがキニナル!

師岡熊野神社といえば、筒粥神事以外にも様々な神事がありますが、火渡りの神事やしめよりの神事は行われていません。しめよりの神事は昭和31年に中止になっています。なぜでしょうか?(ねこぼくさん)

はまれぽ調査結果!

しめよりの神事が行われなくなったのは1960(昭和35)年ごろ。農耕社会から現代社会への移り変わりの中でなくなった。

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ライター:すがた もえ子

神事とは、神に関するまつりごとや儀式のことを指すものだが、投稿にある筒粥神事(つつがゆしんじ)とは、古来から伝わるお粥(かゆ)を使った占いの一種。港北区の師岡熊野神社の筒粥神事は、横浜市の無形民俗文化財としても広く知られているが、現在は行われなくなった神事もあるとのキニナル投稿を見つけた。

 

筒粥神事の様子(画像:師岡熊野神社)
 

伝統ある神事が中止になってしまう背景には、いったいどんな理由があるのだろうか? さっそく港北区にある師岡熊野神社へ取材を申し込んだ。



師岡熊野神社へ

 

東急東横線の大倉山駅から徒歩8分ほど(Googlemapより)
 

今回取材に伺った師岡熊野神社は、以前「ちの池」の記事でもご協力いただいた、横浜北部の総鎮守とされる神社だ。

 

取材日はあいにくの雨だった
 

お忙しいところありがとうございます
 

ご対応いただいたのは、宮司の石川正人(いしかわ・まさひと)さん。
師岡熊野神社で行われる年間の神事の数については、毎年行われる恒例祭などを含めると29回ほど。このほかにも数年に一度行われる神事などもある。
師岡熊野神社で有名な筒粥神事とは、どのような神事なのだろうか。



筒粥神事とは?



師岡熊野神社の筒粥神事はお粥を用いた年占いの神事として949(天暦3)年から絶えることなく続いている。神事は古式に則(のっと)り、境内に大釜を据え、御本殿裏の「の」の池の御神水を加えて炊いた粥を使って行われる。

 

釜より引き上げられた27本の葭(よし)に粥が入る具合で占う(同)
 

葭一本一本に、大麦・小麦・ヒエ・粟・大豆・小豆(あずき)・麻・菜・大根・ゴマ・キビ・イモ・ソバ・カイコ・茶など23種の農作物と、日・雨・風・世の中という27つの項目があり、その年の吉凶が占われる。

 

境内にある資料館には神事の結果や
 

神事に実際に用いられる窯
 

占いに使用する葭なども展示されている
 

筒粥神事は毎年1月14日の午後2時から行われ、占い終了後には見学者にお粥がふるまわれる。
筒粥神事のように綿々と続く神事もあれば、今回投稿にあった「しめよりの神事」や「火渡りの神事」など、行われなくなってしまった神事もあるという。

では、いったいどのような理由でこれらの神事は行われなくなってしまったのだろうか?



火渡りの神事について



「火渡りの神事ですが、実は師岡熊野神社に代々伝わる神事ではないんですよ」と石川宮司。
火渡りの行事は伝統行事ではなく、石川宮司の祖父・金四郎(きんしろう)さんの代でのみ行われていたもので、大正後期から1935(昭和10)年前後の十数年間の間に不定期で何回か行われたものなのだという。

 

火渡りの行事の貴重な写真(同)
 

「祖父の知り合いの修験者、御嶽山(おんたけさん)や富士山、大山(おおやま)などの山岳信仰の人たちの要請に応えて行われたようです」と石川宮司。

 

大正後期の金四郎さんが50代のころに行われていた神事(同)
 

1935(昭和10)年前後には山岳信仰の人たちの要請もなくなったようで、石川宮司の父の代では火渡りの神事が行われた記録はないという。
「今でも火渡りの神事について聞かれることがあるんですが、もう行っていません」と石川宮司。