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町のかかりつけ医・関内編

Question みんなのキニナル投稿

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みんなのキニナル

    伊勢佐木モールのBOOKOFFを曲がったところに筋肉マンの像が置かれた焼肉屋らしい店があります。でも筋肉マンといえば牛丼ですよね?なんとなく違和感があるので調べてきて下さいな。

    駅馬車さん

    大倉ヒルタウンの近くにあった昭和保育園がいつの間にか無くなっていた。2人の子供を預かってもらったので無くなった経緯が知りたい。

    ミーちゃんさん

    新羽駅からサンジェルマンのブレッドボックスに行く時に、新田緑道を通ります。そこにあるオブジェがマニアックな物ばかりです。どういった経緯で展示されているのか知りたい。

    ミーちゃんさん

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イベントカレンダー2017年1月

横浜のココがキニナル!

30年くらい前に港北ニュータウンにあった巨大迷路。あれはいったい何だったのか? 跡地は現在はどうなっているのかキニナル!(ハラオさん/カレー南蛮さん/hisideさん)

はまれぽ調査結果

1987(昭和62)年10月から1991(平成3)年3月まで、港北ニュータウンPRの一環として期間限定で設置された。跡地は昭和大学横浜市北部病院になっている。

ライター:平田 志帆 (2016年12月13日)

横浜の巨大迷路――。
川崎市宮前区育ちの筆者も、子どものころに行った覚えがある。個人的にもキニナったので調査を開始したものの、ほどなく迷宮、もとい「迷路入り」してしまった。
迷路の中をさまよい、インターネットのわずかなヒントを頼りにダメモトで挑んだ取材は、世代も海も超える大がかりなものに。
 


巨大迷路はどこにあった?(フリー画像より)

 
さらに会う人全員に「横浜の巨大迷路について知ってる?」と聞きまくって不審がられること約10ヶ月。
ようやく巨大迷路の設置に関わった人物にたどり着き、話を聞くことができた。まずは、横浜に迷路がつくられた経緯から紹介しよう。



港北ニュータウン開発の最前線にいた人物にお話を伺う

取材に協力していただいたのは、当時、住宅都市整備公団(現UR都市機構)職員として港北ニュータウンの開発に関わった都市プランナーの松井雅彦(まつい・まさひこ)さんと株式会社横浜都市みらいのSさん。

 

開発のバックグラウンドから丁寧に説明してくれた松井さん


Sさんは突然の取材依頼にもかかわらず快く受けてくれた

 
お二人によると、巨大迷路は、地域イベント「第3回港北ニュータウンまつり」に合わせて1987(昭和62)年10月にオープンしたもの。正式名称は「ランズボローメイズ横浜」。発祥地はニュージーランドだ。ニュージーランドから来たという経緯については後に詳しく説明する。

 

当時の松井さん。後ろに見えるのがランズボローメイズ横浜

 
港北ニュータウンの開発計画は、日本有数の都市開発、そして横浜市の六大事業のひとつとして1965(昭和40)年に発表された。高度経済成長期に入り、横浜市の郊外部で乱開発が進み始めたことがきっかけである。乱開発を未然に防いで計画的に人口を誘導し、都市と農業が調和した新しい街をつくることを目的としていた。

1983(昭和58)年の街びらき以降、宅地の販売や企業の誘致が必要となった。その一環として開催されていたのが「港北ニュータウンまつり」だったのである。 

  

京都府の「ランズボローメイズ」。写真の提供者はのちほどご紹介!

 
巨大迷路の主な目的は「港北ニュータウンに人が来るきっかけをつくること」。
この場所は将来的に港北ニュータウンの中心地をつくる区域の一部として位置づけられており、また昭和大学横浜市北部病院を建設することが決まっていたので、「ランズボローメイズ横浜」の設置はもともと1987(昭和62)年10月から1991(平成3)年3月までと期間が決まっていた。

 

1987(昭和62)年10月の航空写真(株式会社横浜都市みらい提供)


現在の様子。一番奥に見えるのが昭和大学横浜市北部病院

 
当時横浜市営地下鉄ブルーラインは未開通だったため、公共機関でのアクセスは、東急田園都市線・江田駅など からのバス便のみだった。からのバスのみだった。

  

「港北ニュータウンメイズ前」というバス停があった(株式会社横浜都市みらい提供)

 
巨大迷路の設置にGOサインを出したのは松井さん。きっかけは、偶然の出会いからだったという。

「港北ニュータウンの開発で造園を担当していたTさんが、私に提案してくれたんです。たまたま京都で同じ宿に泊まっていたNさんという男性が、関西地方でランズボローメイズを展開していた方だったようで」

松井さんが最終的に設置を決断した理由は「迷路は木材のフェンス等を使っているため、暫定利用施設として緑を大切にする港北ニュータウンのイメージにぴったりだったから」だという。

 

茨城県のランズボローメイズの様子。こちらも提供者はのちほどご紹介!

 
オープンセレモニーは、ランズボローメイズの故郷・ニュージーランドの大使が駆けつけるほど盛大に行われた。

 

茨城県内のランズボローメイズのオープニングセレモニー。この人物の正体ものちほど!

 
来場者数や面積などの記録は、すでに書類が破棄されているため残念ながら分からない。ただ、1週間ごとにコースを変化させていたためリピーターが多かったのは確かだそうだ。
 
 
貴重な写真の入手と、巨大迷路考案者とのコンタクトに成功!・・・キニナル続きは次のページ≫
 

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