ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

年末年始に食べるべき極上の一皿
はまれぽ.com無料掲載について
イベントカレンダー2017年12月

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    相鉄線は羽沢横浜国大駅(仮)の建設が進んでおりますが、新線には相鉄・JR・東急からそれぞれどこ行きのダイヤが組まれようとしているのか、その検討状況が気になります。相鉄線が都内や千葉県まで遠征する計画も...

    ほわりんさん

    相鉄側が労使交渉で「ストライキをしたら損害賠償請求や懲戒処分を検討する」と発言し、県労委が「不当労働行為に当たる」と認定した件が気になる。またバス運転手らに子会社への転籍か早期退職を迫り、従わない者に...

    幸人さん

    先日、京急・屛風浦駅の改札横にあるコンビニに立ち寄った所、レジ打ちをしてくれた方が駅員さんでした。良く見るとコンビニのレジと駅員室が一緒になっているんです。駅員さんがレジ打ちするなんて見たことありませ...

    黒くてもシロッコさん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

よく利用するバスはなに?

横浜市営バス
京浜急行バス
神奈川中央交通
江ノ電バス
川崎市営バス
川崎鶴見臨港バス
箱根登山バス
そのほか

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
【はまれぽ名作選】 金沢区六浦の「ラーメン神豚」! 「631大ラーメン」と大格闘の巻!
2位
【はまれぽ名作選】相鉄ムービルにあるメガ盛りの店「金太郎」の「メガ盛焼スパ」を実食!
3位
【はまれぽ名作選】取材不可!? 横浜橋にある超有名天丼屋「豊野丼」に突撃!
4位
【編集部厳選】散歩ついでに噂のあれを喰らう!
5位
【はまれぽ名作選】陸の孤島の名店? 磯子区岡村で食いだおれ!
6位
【編集部厳選】あんあんあん! やっぱり大好き! 焼き鳥ちゃん!
7位
1ヶ月間しか食べられない!? 上海蟹の美味しさを中華街で検証!
8位
早朝6時から反町に漂うコーヒーの香りの正体は?
9位
【はまれぽ名作選】店名に横浜とつくのに他県の方が店舗が多い?横浜西口五番街のたいやき屋さん「横浜くりこ庵」に突撃!
10位
横浜赤レンガ倉庫の「ベッドでごろごろできる席」があるカフェに突撃!
11位
『今夜、ハマのバーにて。 vol.6』~「ウイスキートディ」と常連さん~
12位
【はまれぽ名作選】テレ東の「大食い王決定戦」のニューヒロインVSライター・クドー、3kgの唐揚げを完食できるのか?
13位
ユーザーが選ぶ家系NO.1店が決定!「IEK(イエケー)48総選挙」の最終ユーザーランキングを発表!
14位
激安激ウマ!? 「オーケーみなとみらい」にオープンした焼肉店をレポート!
15位
新横浜にあるセクシービキニ居酒屋ってどんな店?
16位
超個性派横須賀B級グルメパン「ポテチパン」とは?
17位
【ニュース】崎陽軒が「メガシウマイ弁当」を発売! シウマイの食べ比べができるプレミアム弁当も!
18位
ユーミンの歌『海を見ていた午後』に出てくる「山手のドルフィン」の今はどうなっている?
19位
「これぞ家系」、直系店第1号店の杉田家に突撃! ~横浜の家系ラーメン全店制覇への道~其の弐拾六
20位
かわいい「ホロ酔い女子」が集まる立ち飲み屋を探せ! 野毛編
21位
元町の老舗洋菓子店「喜久家」のオリジナルスイーツ「ラムボール」誕生秘話を徹底レポート!
22位
吉村家から受け継がれた味! 吉村家直系店と最初の独立店が登場! ~横浜の家系ラーメン全店制覇への道~其の弐拾四~
23位
横浜駅、行列の立ち食いそば店「きそば鈴一」に突撃!
24位
横浜生まれのバナナってどんな味!?
25位
【はまれぽ名作選】車橋、宮川橋、関内・・・横浜に急増中とウワサの「もつ肉店」の正体は?
26位
【編集部厳選】寒くなってきたんで、とりあえず、おでんでも!
27位
鎌倉・小町通り、盛りがすごいと噂の老舗カレー店「キャラウェイ」に突撃!
28位
【はまれぽ名作選】野毛には、リアルな深夜食堂がある?
29位
マグロも温泉も! 「みさきまぐろきっぷ」のお得な使い方は?
30位
分厚いパンケーキを横浜駅徒歩5分圏内で2店舗発見!!
横浜人にインタビュー
教えて○○さん!
はまれぽの記事がアプリでサクサク読める!! はまれぽアプリリリース!!

横浜のココがキニナル!

横浜生まれのアナウンサー 渡辺真理さんを徹底解剖!

ライター:松崎 辰彦 (2017年06月26日)

横浜市中区山手町。外国人墓地やいくつもの洋館が並ぶ山手本通りの一画にあるのは洋菓子店「えの木てい」。1927(昭和2)年に日本人建築家・朝香吉蔵(あさか・きちぞう)氏が設計した建物で、当初はアメリカ人検事の住居であったが、現在は洋菓子店として人々を招いている。

 

洋菓子店「えの木てい」
 

この横浜の香り漂う館で今回、お話を聞くのはアナウンサーの渡辺真理(わたなべ・まり)さん。稀有(けう)な美貌と優れた話術で人々を魅了してきた渡辺さんは、横浜生まれの横浜育ち。この「えの木てい」とは、お父様の代から家族ぐるみの付き合い。

そんな渡辺さんに、その生い立ちやアナウンサーという職業、将来の展望そして横浜への思いを聞いた。
 

渡辺 真理
誕生日: 1967年6月27日
職 業: アナウンサー

  
 
3代にわたる生粋のハマっ子

──渡辺さんは横浜生まれの横浜育ちとのことですが、生い立ちなどについてお教えいただけますか?

祖父母の代から横浜に住み、わたしで3代目になります。大正生まれの父は3年前に他界しましたが、中区尾上町で生まれて本町で育ち、子どものころは開港記念会館の階段あたりで遊んでいたとか。母方は今も桜木町で石井耳鼻咽喉科という医院を営んでいます。

 

小学校3年生のとき父と。スイスのツェルマットという町で
 

両親がスキー場で出会うほどのスキー好きだったこともあり、わたしも3歳くらいから父にみっちりと鍛えられました。冬は志賀高原でスキー合宿のような日々を、夏は本牧市民プールでクロールや背泳ぎの特訓を受けて育ちました。

小学校から横浜雙葉(ふたば)学園に通い、家からはバスも含めて15分くらいでしょうか。毎日、紅蘭坂(こうらんざか)という116段(当時)ある階段を上って通ったおかげで、足腰は強くなったのじゃないかと(笑)。単調だけれど、平和で穏やかな学生生活を12年間、山手の丘の上で過ごせたことは幸せでした。

 

横浜の女学校「横浜雙葉学園」
 

校則は厳しいというより細かくて、制服のスカート丈や髪型や、元町のメインストリートは登下校では通らないなど、いろんな制約がありました。当時は「どうして?」なんて不可思議に思った校則も、今振り返ると、規制されることで育まれたり、守られたりする面があるのだなぁと理解できたりします。

そういえば当時は固定電話ですから、帰宅後に家の電話で友達と1時間以上話して親に長電話を怒られるなんてこともよくありました(笑)。

その頃から、将来どうなりたいとか夢を描くほどの高い意識は全くなくて、授業中、窓から見える海をゆっくりタンカーが通るのをボーっと眺めるのが好きな地味な子でした。



──大学は三鷹市にある国際基督教大学 (International Christian University──略称ICU)ですね。

はい。高校のときに担当だった英語の先生──とりわけ厳しいけれど素晴らしい先生でした──から、三者面談で「真理にはICUが合うと思う」とアドバイスをいただいたことがきっかけでした。見学に行ったら緑あふれる素敵なキャンパスで、ここに通いたいと直感しました。

 

国際基督教大学(Wikimedia Commons)
 

ただ祖父の代からの横浜商人の家なので、父としては経済・経営を大学で学んでほしい、けれど、わたし自身は好きなことを学ぶ4年間ならば日本文学を専攻したい、と。

父とひとり娘のわたしとの間でちょっとした経済・文化論争が起こった受験期でしたが、ICUは自由なカリキュラムで、例えば文学専攻でも経済の授業に出て単位をもらえるといったこともできたのです。そんな理由もあってICUに行きました。



アナウンサーへのきっかけは新入生への学校案内

──アナウンサーになったきっかけは?

恥ずかしい話ですが、アナウンサーを目指すなんて志もなかったのです、大学生のころは。

大学ではスキー部に入りたいと思ったのですが、そのころのICUにはスキー部がなくて。じゃあ水泳部と思ったけれど、部というよりは時間外でもプールを使用できるくらいの緩やかな集まりだったので、どこにも所属しないまま過ごしていたのですが、たまたま人手がないからと同級生の女の子に誘われてアメリカンフットボール部のマネージャーをすることになりました。

 

学生時代の思い出を語る
 

当時のICUのアメフト部は部員がオフェンス、ディフェンス合わせた22人に足りないような状態で。マネージャーの仕事としては部員集めも必須だったんですね。

勧誘をするため、新入生や留学生に学内を案内して回り、普段は通らない教務課や就職課の前を通ったのが、考えてみればアナウンサーになるきっかけでした。

ちょうどその時、就職課前のボードにNHKの「スポーツキャスター募集」という求人票が張り出されていて。木村太郎さんと宮崎緑さんがなさっていた『NC9』の後番組として始まる「ニューストゥデイ」のスポーツキャスター募集が大学に来ていたんですね。一緒に校内を案内していた先輩部員たちが「やってみたらいいじゃん!」なんて、その場のノリで。

 

いろんなことが重なりNHKへ足を運ぶことになった
 

そういえば、通学で渋谷は通り過ぎるけど、ほとんど行ったことはないし、NHKの内部を見られるなんて一生ないだろうな、くらいの気持ちで先輩マネージャーについて行きました。ただ、応募資格年齢は22歳だったのに、当時わたしは20歳で・・・何を考えてたんだか、と思います。

当然、面接官からは当惑気味に、「えーと、君は20歳ですよね? なんで来たんですか?」と、聞かれたことを覚えています。

「すみません。NHKの展示コース以外を見ることは一生ないと思ったので」と答えた記憶も。

その後、わたしが不在だった時に自宅に電話があり「即戦力にはならないけれど、いろいろ勉強してみませんか」というお誘いがあったと母から聞きました。このようなご縁があって、修行の身として大学卒業までの2年間、通わせていただきました。

 

学生時代から現場で経験を積んだ
 

NHKに通い出してからしばらく経ったころに、BS放送が始まりました。コンテンツがまだ充分ではない時期で、カナダで開催されるトロントサミットを朝晩4時間ずつくらい放送するという番組があり、サブキャスターにという声をかけていただきました。

その話が持ち上がった時、「いやいや、ズブの素人を甲子園のマウンドに立たせるようなものだから」「いや、度胸だけはありそうだから大丈夫だろう」なんて、ありがたいことに、わたしごときのために、というか番組のためですが、議論があった結果、初めてテレビ画面に出ることになりました。

その後も朝の情報番組でのリポートや、放送記念日の特番では飛行船からのリポートなど、たくさんの貴重な機会をいただきました。そして、就職の時期に差しかかった時もNHKの先輩方からアドバイスをいただいて再び大学の就職課にいったところ、すでにTBSの採用が始まっていて、本当に運良くアナウンサーになることができました。


渡辺さんの考える「伝える」とは?・・・キニナル続きは次のページ≫
 

最初へ

前へ

1

2

3

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play


おすすめ記事