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東京都渋谷区と神奈川の高座渋谷は同じ一族がルーツだったって本当?

ココがキニナル!

東京・渋谷と神奈川の高座渋谷は同じルーツだそう。武蔵国と相模国の両方に領地を持っていた渋谷氏に関して由来が知りたいです。どちらかの地域に末裔に当たる方はいるのでしょうか(栄区かまくらさん)

はまれぽ調査結果!

渋谷氏の祖である渋谷重国は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将。渋谷区と同じルーツかは、諸説あるが確証はない。大和市渋谷に末裔はすでにおらず、綾瀬市に存在した

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2019年03月24日

ライター:松崎 辰彦

高座渋谷に渋谷氏を見る

東京都渋谷区と神奈川県大和市渋谷。遠く隔たったこの二つの土地はかつて同じ一族の所領だった。現代にその痕跡は残っているか。その末裔いずこにありや・・・と、歴史ロマンあふれる栄区かまくらさんの投稿が、今回のキニナルである。

 

大和市には渋谷1~8丁目が存在する
 

調査に向かったのは神奈川県大和市。横浜とも接する都市だが、その中に小田急線江ノ島線高座渋谷駅がある。
小さな駅だがその名称はかつてこの地域一帯を支配した渋谷氏の存在をこんにちに伝えている。

 

高座渋谷駅
 

そう、かつてこの地を支配していたのは渋谷一族。その始祖は広大な荘園(しょうえん)の管理運営を行い、ときに戦場にも赴いた。平安末期から鎌倉初期にかけて、彼とその子孫は戦乱の中でさまざまな運命に翻弄された――
こうした基本知識を図書館で調べ、調査を開始した。

 

高座渋谷にあるフラッグ。ブタさんのかわいい武将
 



渋谷一族始祖・渋谷重国

渋谷一族の始祖――それは渋谷重国(しぶや・しげくに)である。
平安時代末期ごろ、現在の綾瀬市・座間市・大和市・藤沢市(一部)・横浜市(一部)一帯に存在した荘園「渋谷荘(しぶやのしょう)」を支配した。

 

渋谷一族を詳しく記述した『写真でみるあやせ』(画像提供:綾瀬市)
 

重国の家系は埼玉県秩父の桓武平氏(かんむへいし。桓武天皇を始祖とする平氏)の流れを汲み、一族は秩父より現在の川崎市、そして大和市と南下し、各地で所領を得た。

彼と彼の子孫は、平安末期から鎌倉時代にかけて、相模国(現在の神奈川県から横浜市と川崎市を除いた地域にほぼ該当)と武蔵国(およそ現在の埼玉県・東京都・川崎市・横浜市)を股にかけたとされ、一部の人々は九州にまで新天地を求めた。

 

相模国と武蔵国の図
 



敵方武将を匿(かくま)った重国

渋谷一族は数代にわたり移住を繰り返している。

 

渋谷氏系図。()内は名称または姓となる
 

祖父の基家(もといえ)は秩父から現在の川崎(当時は武蔵国)に移り、地名をとって「河崎冠者基家(かわさきのかじゃもといえ)」と名乗ったとされる。

重国自身は青年時代に当時の武蔵国から相模国高座郡に移り住んだ。重国が高座郡に来た当時、そこにはすでに吉田荘(よしだのしょう)と呼ばれる荘園が存在しており、重国はその地の新たな管理人となった。
重国が渋谷姓を名乗ったことから、吉田荘は渋谷荘と呼ばれるようになる。

 

渋谷荘の位置(画像提供:『写真で見るあやせ』より)
 

渋谷荘の領域(画像提供:『写真で見るあやせ』より)
 

相模国高座郡への移住後、「渋谷重国」となった彼はその後長きにわたり荘園の長として活動したが、平氏政権確立のきっかけとなった1159(平治元)年の平治の乱で、源義朝(みなもとのよしとも)方について敗走中だった佐々木秀義(ささき・ひでよし)を自分の屋敷に匿(かくま)った。その後20年、重国は秀義とその息子たちを庇護(ひご)したが、のちに自分の娘が秀義と結婚するという縁戚関係にまで至る。

そして時代は源頼朝を支配者に選び、1192(建久3)年に朝廷から頼朝は征夷大将軍を賜り、その後、頼朝に所領を安堵された重国は、鎌倉幕府の御家人になるという人生を送った。

渋谷重国の活躍を顧みることで「渋谷」という名がどのようにして生まれ、また伝わり広まったかが見えてくる。このあたりのことを地元の郷土史家に訊いてみよう。



“渋”い“谷” 戸で「渋谷」!?

お話を伺ったのは、この辺りの歴史に詳しい高座渋谷駅近くに在住の郷土史家・大津嘉久(おおつ・よしひさ)氏。

1942(昭和17)年に高座郡渋谷村で生まれた大津氏は商家だった家を継ぎ、この地の変遷を目にしてきた。やがて昭和が終わり平成になるころ郷土の歴史に興味を抱くようになり、独自の調査を行うなど歴史を掘り起こす作業をしている。

 

大津氏
 

大津氏は地名の由来について、「ここ高座渋谷駅周辺から隣の長後、湘南台にかけて、境川と引地(ひきじ)川の間で谷戸が広がっているんです。谷戸は土地が平坦ではなく、デコボコしている。徒歩にしても馬にしても交通しにくく、渋滞してしまう。つまり、“渋”い“谷”戸。それで『渋谷』と名付けられたんだと思います」と地形からそう呼ばれるようになったと話す。

 

高座渋谷駅は引地川と境川の間に位置している
 

高座渋谷駅から西側に位置する引地川
 

引地川周辺。たしかに傾斜している場所もある
 

こちらは高座渋谷駅から東側にあたる境川
 

境川周辺。地表に凹凸がある
 

重国がこの地に移住したことについては、おそらく吉田荘の領家(所有者)の三井寺円満院(みいでらえんまんいん)から依頼されて来たのだろうと大津氏は推測する。

「重国がきた1150(久安6)年前後は隣の荘園である大庭御厨(おおばみくりや)との関係で、吉田荘は統率が不安定だったんです。それで実際の土地所有者である円満院は力のある武士に現地を管理してもらうことを望み、それでまだ若かった重国が川崎から来たのではないでしょうか」

当時、重国は20歳ほどだったという。

「“渋谷”については、重国が来る以前から土地の人間が自分たちのいるところを通称“渋谷”と呼んでいたんだと思います。それを知った重国も、自らの名前として渋谷を名乗るようになったのではないかと考えられます」

渋谷村(現在の高座渋谷駅近辺。行政上「高座渋谷駅」はあるが「高座渋谷」という正式な地名は存在しない)に彼の館があったと言われているから、彼がこの周辺を自らの拠点と考えたであろうことは容易に想像できる。

 

渋谷重国の館跡という説もある藤沢市長後の天満宮
 

 

  

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