〈はまびとnext〉あざといは正義? インフルエンサー・嬉野ゆみ。その素顔に迫る【後編】

ココがキニナル!
19歳で起業し社長としてインフルエンサーマーケティング事業を展開。その会社を売却後は自らフリーランスのインフルエンサーとして活動している嬉野ゆみさん。いったいナニモノなのか、その人物像を紐解く!
ライター:はまれぽ編集部
高校2年生の秋、通っていた私立女子校を中途退学した嬉野ゆみさん。
早熟だった彼女は幼稚園の頃からそのませっぷりを発揮していた。そして名門私立小学校から中学校、高校へと進むうち、周りの同級生の彼女を見る目が変化していく――。
「嬉野ゆみの素顔に迫る」前編はこちら
嬉野ゆみ
生年月日:1996年7月24日
血液型:A型
出身地:横浜市都筑区
「CRAFT KITCHEN Mid.Ru(クラフトキッチン ミドル/以下、ミドル)」のポップコーンがよほど気に入ったのか、スプーンを持つ彼女の手が忙しなく動く。口に放り込んだひとつひとつをゆっくりと噛みしめながら、そう遠くない過去を振り返るように彼女は中空を見つめた。
盟友・ナナ
周りの同級生より“大人びて”いた嬉野さんは、同時に“浮いた”存在でもあった。
「『ぶりっこ』とか『男に媚び売って』とか・・・、嫌われていたと思います」
そう語る彼女はしかし、周囲との隔たりを感じ始めた中学生のとき、ある一人の少女と出会う。

「彼女は私と似ていました。派手仲間っていうんですかね」
その少女の名はナナ。
通っていた私立中学校・高校ともに校則が厳しかった。染髪や化粧、ネイルなど、その時期の女の子がやりたいと思うことはすべて禁じられていた。
そんな中、嬉野さんは髪を茶色く染め、つけまつげをして紅をさし、爪を鮮やかに彩った。そして制服のスカートを太腿が露わになるほど短くし、他校の人と交わったりもした。
ナナさんもまた、一緒だった。
彼女とは気が合い、自然と仲良くなった
「私たちはやっぱり浮いていました。そんな私たちを、僻みっていうか・・・まあ嫉妬だと思うんですけど、周りの子たちは疎ましがっていましたよ。本当はみんな同じように派手なことをしたいのに、できないから」

「やっぱりみんな真面目なんですよ」
しかし、先生たちは当然、彼女たちを放ってはおかなかった。
「めちゃくちゃ、本当に何回も何回も怒られました」
校則を破っているのは彼女たちであり、彼女たちもまた、怒られることを分かった上でやりたいことをやっていた。先生たちが口うるさく注意するのは当然のことであって、教え子のことを思っての行動だったに違いない。
――今思えば先生たちの気持ちも分かる、ということはないですか?

「ないですね(笑)」
「本当に学校が嫌いでした。浮いてることを放っておいてくれたらいいのに、周りがすごくいろいろ言ってくるんですよ。先生にも怒鳴られたりとか」
そんな嬉野さんにとって、ナナさんは同志であり、理解者であり、心の支えでもあった。
「いつも行動を共にしてました。親友です」
高校生のとき、嬉野さんはブログをやっていた。
幼少期から自らの意思で“目立つ”ことをしていた彼女にとって、ブログによって自らを発信することは生き甲斐だった。
「アメーバブログで『女子高生ランキングトップ10に入る』ということを目標にして、ガッツリやっていました」
だが、やはりこれも咎められた。
「教頭先生に呼び出されて怒られました。私のブログを全部、プリントアウトして――」

「これくらいプリントして、何だこれはって」
「しかも、親も呼び出されたんですよ。それが本当に嫌でした。関係ないじゃん親は」
彼女の口調に熱が入る。
「厳しすぎるんですよ学校が。コンビニに寄るのにも、担任と親の許可がいるんですよ?」
そして同級生たちの反応も、彼女を憂鬱にさせた。
「放っといてほしいのに、ブログに『死ね』とかコメントしてきたり・・・」
いよいよ彼女はそんな環境が窮屈になる。
ナナさんの存在が彼女を支えた。ずっと、行動を共にしてきた。
学校が嫌い――
そんな嬉野さんの思いに、ナナさんは同調した。
2013(平成25)年。高校2年生の秋――
ふたりは、一緒に学校を辞めた。









