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横浜市の同潤会アパートの跡地はどうなっているの?

ココがキニナル!

横浜市に建設された同潤会アパート、中区の山下町アパートメント、神奈川区の平沼町アパートメントの跡地は現在どうなってるの?キニナルので取材をお願いします。(にゃんさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

山下町と平沼町にあるアパートの跡地は、ともに新しいマンションが建っていた。なお、現在の平沼は神奈川区から西区に変わっている。

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ライター:橘 アリー

モダンで先進的なアパートだった同潤会アパート

同潤会(どうじゅんかい)アパートと言えば、大正時代の終わり頃から昭和時代の初期にかけて建てられた、日本では初期の鉄筋コンクリート造りの集合住宅である。建替え計画には保存運動が起ったこともあるほど、同潤会アパートは、人々に親しまれていた。

現在は無くなってしまった山下町と平沼町の同潤会アパートの跡地は、どのようになっているのか、確かにキニナル。

まずは、同潤会と同潤会アパートについて図書館の資料で調べてみた。
すると、同潤会アパートから高層建築までについて書かれている「マンション60年史」という本を発見。
 


1989(平成元)年に発行されたマンション60年史(編集:高層住宅史研究会)


それによると、同潤会とは、1923(大正12)年の関東大震災後、震災の義捐金のうち1000万円を基金として、罹(り)災者の住宅の回復安定と、震災により障害を負ったり病気になったりした人々への職業再教育という二つの事業目的のために、震災の翌年の1924(大正13)年に設けられた財団法人である。

そして、同潤会アパートとは、財団法人同潤会が大正時代末期から昭和時代初期にかけて東京・横浜の各地に建設した集合住宅の総称だ。

同潤会アパートは、震災を教訓にして、すべての建物が耐火耐震のRC(鉄筋コンクリート)造りであった。
そのほかにも、不燃質の壁紙・防火戸・堅固な建具・和洋の生活様式を選べる構造・水道電気および炊事と暖房用のガス設備・水洗トイレ・屋上に選択場と物干し場・台所には流し台、調理台、蠅帳、ダストシュート・押入・鏡付き洗面所・帽子掛け・下駄箱・表札などが完備されていたようだ。
 


屋上の洗濯・物干し場(山下町アパート、横浜市史資料室より)
 

室内の様子(山下町アパート、横浜市史資料室より)
 

建具の様子(山下町アパート、横浜市史資料室より)


このように、同潤会アパートは、建設当時は、先進的でとても人気のあるアパートだったようだ。

その後、1941(昭和16)年に同潤会は解散し、同潤会アパートは、同年に発足した住宅営団に業務が移された。

同潤会と同潤会アパートについて分かったところで、次に実際に現地へ行ってみることに。



山下町アパートは高級ブランドのマンションに!!

まずは、山下町アパートの跡地へ行ってみた。

住所は、横浜市中区山下町168-1で、「マンション60年史」によると、敷地面積は1274坪(サッカーコートと同じくらいの面積)で、着工が1925(大正14)年となっている。
 


山下町アパートの外観(横浜市史資料室より)
 

山下町アパートの中庭(横浜市史資料室より)