かつて横浜市内を走っていた「トロリーバス」って?
ココがキニナル!
昭和40年代前半に横浜駅西口からトロリーバスに乗って千丸台団地に行ったような記憶がありますが、市電の間違いではないかと言われます(時の氏神さん)
はまれぽ調査結果!
千丸台団地には少なくとも市電に該当する路線はなかった。トロリーバスも通っていなかったが、途中で乗り換えれば、行く事は可能だった
ライター:ほしば あずみ
千丸台団地に到着! 謎は解けるのか?
62系統は横浜駅西口を出発すると、洪福寺~峰小学校前~和田町と、トロリーバスの外回り循環と一部重なったルートを通る。重なっているのは和田町まで。
30分ほどバスに乗っていると、街灯につけられた「千丸台連合商店会」というプレートが車窓から確認できた。目的地は近いようだ。
山を削って造成されたのだろう、千丸台団地へは上り坂が続く
到着した千丸台団地バス停
交差点を右折すれば千丸台団地
千丸台団地周辺の昭和40年代の様子を知る人がいないか、通り沿いの商店を訪ねたところ、商店会の会長、上田さん(パン屋マザーグース店主)と副会長の佐藤さん(文具店きりん堂店主)から話を伺う事ができた。
きりん堂にて、上田さん(左)と、佐藤さん
「トロリーバスはここまでは来ていないよ」と佐藤さん。
千丸台団地ができた頃から理髪店や文具店を営んでいた佐藤さんは、トロリーバスや市電が現役だった頃も覚えているという。
トロリーバスで千丸台団地へ行くには、和田町から峰小学校の間のどこかの停留所で62系統に乗り換えた可能性が考えられる。
だが、佐藤さんは「そんな複雑な乗り方するかねえ?」とも。ご自身はトロリーバスに乗った事はないそうだ。
「乗る必要ないもの。千丸台行の急行バスは横浜駅西口から出ていたから」
62系統は、千丸台団地ができた当初からあったそうだ(当時は市営、神奈中、相鉄の3社共同運行)。本数は1時間に1本程度だったという。
現在の店舗は1974(昭和49)年からこの場所だという、きりん堂
千丸台団地ができた当初はまわりには何もなく、道路も砂利道だったそうだ。上田さんによると、商店会ができたのは40年ほど前。
「市電のレールとかをとっぱらって、それで道路がきれいになったんだから」と佐藤さん。
千丸台団地入口交差点そばのパン屋、マザーグース
旭区の天然温泉「龍泉寺の湯」とコラボレーションした温泉あんパン(150円)が人気
取材を終えて
真相はいかに? の問いには、「少なくとも市電ではなかった」「トロリーバスから途中で62系統急行バスに乗り換えた」、もしくは「西口から乗ったのは62系統急行バスだった」という可能性を提示する事しかできない。
運行わずか13年だったトロリーバス。今の世なら、排ガスを出さず騒音もないエコな乗り物として見直されていたかもしれない。
―終わり―









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新横浜市民さん
2019年03月08日 07時15分
トロリーバスが大好きでしたから、用がなくてもよく乗りました。運賃は、大人が30円で子供は15円。市電は大人子供共に20円。
おいさんさん
2017年07月16日 15時11分
伊謄さんがおっしゃる様に、横浜駅西口の循環外回りの停留所のすぐ後ろが千丸台団地行きの乗り場でした。西口のバス乗り場の配置は、結構ガラガラ入れ替わっているのですが、この二か所はなぜか不動のようです。ちなみに私は41年生まれ残念ながら幼少時は、港北区在住でしたので、トロリーバスは駅前から眺めただけ、やたら電線が張り巡らされているのが記憶にあります。その後循環バスの沿線に引越し、トロバス廃止後の専用大型バスにはお世話になりました。
meluさん
2017年02月06日 10時57分
トロリーバスと聞いても全く分からない。何?それっ?て感じ。記事も面白みないかも。。。千丸台はスーパー銭湯が出来て竜泉寺の湯で知ってた。過疎化したオンボロ団地と何も無い商店街、そして高齢者が目ににつきます。そして長者に並ぶ始発バス停留所という印象しかない。バスにフォーカスするなら、もう少し掘り探って今と昔の違い、バスの交通便や色々なルートが増えて変わってきたので、その違いとかも教えて欲しいかも。そして古い老朽化団地の千丸台の今現在の過疎化してしてしまった独居ばかりになってしまってる高齢者の団地環境等、福祉とも繋げて比較的不便なエリアにある県営団地住宅の情報なんかも是非、次回は取材お願いします。早々、朝は16号出る西谷駅までが30分以上掛かるんです!て職場の人がいて、かなり不自由な場所みたいですね。