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戦後の動乱期に市民の台所を支えた「公設市場」の名残は横浜市内にまだある?

ココがキニナル!

20年前、六角橋に「六角橋公設市場前」というバス停があったと思いますが、本当にあったのでしょうか。今も残っている場所はある?(ねこぼくさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

公設市場は大正時代の米騒動を契機に生活必需食料品の廉売のため開設。関東大震災や戦後の混乱期に市民の台所を支えたが現在市営の市場はない

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ライター:ほしば あずみ

「公設市場」の歴史

(つづき)

 

当時の内部の様子 (国立国会図書館デジタル化資料より)
 

「横浜市設小売市場要覧」年次別売上高表より。売上げは食料品が圧倒的


六角橋商店街が開設した1941(昭和16)年の社会情勢は、太平洋戦争前夜の新体制で米は配給制、酒類も切符制となり食料品や日用品が増える、国家総動員法に基づく「金属回収令」が発令されるなど、戦時色が強まっていた。同年12月の真珠湾攻撃で太平洋戦争に突入。

厳しい経済統制により、1943(昭和18)年には市場はほぼ閉鎖(一部は配給所として利用)。
再開は終戦を待たねばならなかった。

 

1941(昭和16)年の六角橋公設市場平面図(「横浜市設小売市場要覧」に基づく)

 


戦後の公設市場


終戦後、市民の生活物資供給のため再開された公設市場は、寿、蒔田、潮田の3ヶ所を除く13ヶ所。1946(昭和21)年ごろから順次再開された。

高度経済成長期(1954~1973年ごろ)の六角橋公設市場の様子を知る方に、電話で当時の話をしていただいた。

電話の主、小林さんは祖母が六角橋公設市場内で味噌などの醸造物を売っており、ご自身も市場の近くに住んでいたという。
「子どものころのことだし、大きくなってからはスポーツをやっていて地元にいないことが多かったからよく覚えてはいないけれど」と前置いたうえで、それでも昭和30年頃の公設市場は、近所の六角橋商店街と肩を並べるにぎわいだったという。

「八百屋も何軒か入っていたし、肉も魚も売っていた。雑貨屋さんなんかもあったね。市場だけで事足りる程度には何でもそろっていたよ。神大(神奈川大学)が近いから、学生向けの下宿も多かったし、需要があったし、配達なんかもしていたね」
 


1970(昭和45)年ごろの上台公設市場(本郷町)の外観(横浜市史資料室〔広報課写真資料〕提供)
 

1970(昭和45)年ごろの上台公設市場の内部 (横浜市史資料室〔広報課写真資料〕提供)


六角橋公設市場の写真ではないが、市場はどこもこのような雰囲気であったと思われる。

小林さんは、その後地元を離れていたため、公設市場の変遷は知らないとのこと。
横浜市経済局物資流通課が発行した1988(昭和63)年度「横浜市設小売市場(公設市場)概要」には、六角橋公設市場が載っているが、2年後の1990(平成2)年度のものでは姿を消している。
 


1988(昭和63)年度「横浜市設小売市場(公設市場)概要」に基づく六角市場平面図


そのほかの公設市場も次第に役目を終え、民間に払い下げたり廃止をしたりするなど整理が進んでいった。菊名や二ツ谷、子安、上台などは改築時に新たな利用方法として横浜市住宅供給公社などのいわゆる公団住宅を併設。また、集会所などの地域コミュニティーの場を作るなど効率的転換がはかられていった。
 


地区センターや公団住宅が併設された上台公設市場(1974<昭和49>年ごろ)
(提供:横浜市史資料室〔広報課写真資料〕)
 

上台公設市場(1974<昭和49>年ごろ)の内部(提供:横浜市史資料室〔広報課写真資料〕)

 


取材をおえて


現在、横浜市内に市営(公設)で営業している小売市場は存在しない。民営の「日用品市場」も現存するものが少ないのは以前お伝えしたとおり。
関東大震災以前から戦後にかけての市民の生活を支えた公設市場は、バス停の名前から消え、記憶からも薄れつつあるが、歴史となって記録されていた。


ー終わりー
 

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  • はまれぽ いつもまとめ読みしています。なので、この「キニナル」も11月半ばに拝読。六角橋公設市場!懐かしいの一言で、すぐ近くに住んでいて毎日利用していました。というより夕食前のお使いに走って行かされていましたハイ。裸電球の薄暗い中、とジメジメした足元を気にしながら5円のサンマやコロッケ、鯨肉のベーコンなどを…。今のスーパーと同じ賑わいでした。各店の位置まで記憶しています。もちろんバス停もその名前でしたよ。

  • 上台(本郷町)は、バス通りを挟んで向かい側に、本牧マーケットがあって、その他にも本郷町商店街があって、人がごった返してました。歩くのも困るほどでした。当時、その日に食べるものはその日に買う感じでしたからね。公設といっても、店子は民営でしたよ。昭和40年代です。

  • 上大岡の公設市場は憶えています。でも、あまり利用しなかったなぁ。公設市場より近所に「協和市場」「関ノ下市場」という私設市場(?)があり、そっちには文房具屋や貸本屋があったので、子供の私はもっぱらそちらを利用。余談ですが、協和市場の跡地はマンションに建て替わってしまったけれど、関ノ下市場は半世紀前の外観をいまだにとどめているのはプチ驚異。ま、外観だけですが。

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