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山口百恵さん祝・還暦!横須賀ゆかりの地を巡る

ココがキニナル!

2019年、あの山口百恵さんが還暦を迎えた。伝説の歌姫の人生の節目を勝手に祝して百恵さんの原点「横須賀」ゆかりの地を巡ることにした(ライター結城のキニナル)

はまれぽ調査結果!

半世紀の時を経て様変わりしている所も多い。だが「あの時代」が鮮やかに蘇るゆかりの地も失われたわけではない。山口百恵さんの魅力の深さを再認識させられる場所だった

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2019年04月15日

ライター:結城靖博

1980(昭和55)年10月5日、山口百恵(やまぐち・ももえ)さんが日本武道館であの伝説のファイナルコンサートを終えて、はや39年。えっ、ウソでしょ? つまりほぼ、は、半世紀なの?
もはや、百恵さんよりもその息子のミュージシャン・三浦祐太朗(みうら・ゆうたろう)さんや俳優・三浦貴大(みうら・たかひろ)さんの方がピンとくる若い人たちからすれば「ふ~ん」ということかもしれないが、彼女と同時代を生きた世代からすると、あらためて時の流れのあまりの速さに愕然としないだろうか。
 
しかも、である。その彼女が今年、ついに還暦を迎えた。「こりゃまた驚きだ!」と一瞬思うが、よく考えてみたら引退から計算すると当然だ。というか、自分もつまり似たようなものだろう。しっかりしろ!まだボケるのは早いぞ!
というわけで、山口百恵さん、そして彼女と時代を共有した多くの人々にも節目となるこの年に、勝手ながら襟を正し、「山口百恵、祝・還暦!」と称して、いみじくも本人が「私の原点は、あの街」と語った横須賀ゆかりの地を訪ねることにした。
 


今回訪ねたエリアは、ざっくりこの辺り © OpenStreetMap contributors

 
 
 
まずは百恵ちゃんが6年住んだ県営鶴ケ丘団地へ
  
初めに訪れるべき地は、やはり母・妹と3人で暮らした横須賀時代の原点の中の原点、県営鶴ケ丘(つるがおか)団地だろう。
 
山口百恵さんは1959(昭和34)年1月17日、東京都渋谷区恵比寿で生まれた。その後、家庭の事情で横浜市瀬谷区へ。さらに小学2年生の3学期に、横須賀・鶴ケ丘団地へ転居。そして、歌手デビュー直前の中学2年生の終わりまでをこの地で過ごした。
渋谷から瀬谷に移った年は定かではないが、満8歳になるかならぬかの年から14歳までの6年間を過ごした横須賀は、デビュー前の彼女にとって、もっとも長い歳月を過ごした土地であったはずだ。
 
今回は、それぞれの地の距離を身体感覚でも追体験すべく、あくまで徒歩にこだわった。そこで、最寄り駅・JR横須賀線衣笠駅から鶴ケ丘団地を目指しテクテクと向かった。
徒歩約20分、下の地図のピンクのマーカーがルートだ。
 


周辺には関連するゆかりの地が点在する © OpenStreetMap contributors

 
駅から衣笠通りを左に進み「三浦学苑高校前」の交差点を右に折れる。
 


「三浦」だって!?すでに百恵ワールドへの序曲を感じる

 
そこから、なだらかな上り坂が続く。途中で、またキニナル文字につい目がいく。
 


今度は「山口歯科」の看板。その先にトンネルが見えてきた

 
川端康成曰く「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(『雪国』冒頭)とか。ならば、ここを抜けると百恵ワールドなのか? ワクワク感がぬぐえない。
 


「大明寺隧道(だいみょうじすいどう)」という名のトンネルだった

 
上に付いているオレンジ色の四角いパネルは、歩道が狭いのでドライバーに注意を促す電光掲示板らしい。
 


確かに歩道がむちゃくちゃ狭い

 
だが、やはりトンネルを抜けると・・・は本当だった。
 


おお!目の前に団地が見えるではないか。左手の坂道を上ることに

 


しかし、たどり着いてみると、そこは別の団地だった

 
「なんだ、違う団地か」と、しばし途方に暮れて道に立ちつくしていると、レジ袋をさげた女性が通りかかる。その姿から地元の人とお見受けし、鶴ケ丘団地の場所を尋ねる。すると、親切にも途中まで道案内までしてくれるではないか。「お接待」を受ける四国巡礼のお遍路さんのような気分で、感謝しながら後をついていく。
 


やがて道案内の女性が指差す先に、いかにもな佇まいの団地が!

 
そこからさらに下って上ってやや混み入った道を行くと、ついに目の前に目指す頂、いや団地が、あたかも古城のようにそびえていた。
 


青い手すりのジグザグ階段が特徴的。山寺の本堂へといざなう石段のよう

 


確かにここは「鶴ケ丘団地」だ

 


建物は全部で5棟。だが手前の棟の数字は8。なぜだろう?

 


4棟が4階建てで、この1棟だけが5階建てだった

 


いずれにせよ、もちろん階段しかない

 
『よこすか中央地域 町の発展史2』(横須賀市発行)によると、鶴ケ丘団地の分譲住宅が始まったのは1963(昭和38)年。さらに同書には「3~4階建ての県営鶴が丘アパート8棟が建ち並び」とある(「鶴ケ丘団地」ではなく「鶴が丘アパート」と表記されていた)。やはり当初はもっと多くの棟があったようだ。
実は筆者もちょうどそのころ(1960年代前半)、川崎の似たような公団住宅で幼少期を送った。大変な倍率をくぐり抜け団地の抽選に当たったと、親から聞いたことがある。
それから半世紀以上。ここ鶴ケ丘団地も、見たところ老朽化や入居者の減少は否めない。だが、山口百恵が住み始めたころは、まだ出来てから10年もたたない「新興の団地」だったはずだ。
当時からあまり手を加えられていないように見える現在の団地全体の景観も、彼女が暮らしていた時代を想像させてくれるのに十分だ。
 
団地内の駐車場に、お孫さんとシャボン玉遊びをするお婆さんがいたので声をかけてみた。
「山口百恵さんが住んでいた場所、わかりますか?」
ダメもとの質問だったが、意外にもあっさりと教えてくれた。
「ああ、そりゃ〇号棟の〇階の左から〇番目だよ」
へっ?そんなにあっさりわかっちゃうわけ? だが、教えられた場所のベランダには洗濯物が干され、別の人が暮らしている様子。よって、ご迷惑を掛けないよう、ここでは伏せる。
 


団地の隅には可愛らしい花壇が。住人たちの暮らしの温もりを感じる

 


ちょっとした芝生がところどころに。山口百恵もこんなところで遊んだのだろうか

 
 
 
百恵ちゃんの母校、思い出のプール、運動場へ
 
名残惜しいが、ゆかりの地巡りはまだまだ序盤。いつまでもここで感慨にひたっているわけにはいかない。
 
鶴ケ丘団地から徒歩10分もかからない場所に、百恵さんが小学2年生の3学期から卒業まで通った横須賀市立鶴久保(つるくぼ)小学校がある。
そしてその途中には、自伝『蒼い時』(集英社刊)の「序章」で回想されている場所と思われるところが集中する。
 


鶴ケ丘団地を皮切りにゆかりの地が続く © OpenStreetMap contributors

 
団地を出て、相変わらず狭い歩道をしばらく進むと、急に整った道に変わった。
 


やっぱり冗談のように狭い歩道

 


それが急に整い、その先左手に立派な建物が見え隠れする

 


建物に近づき、中を覗くと・・・

 


屋内プールがあった

 
ひょっとしたら、これこそ『蒼い時』序章に書かれた「華やいだ歓声と水しぶきの匂いをふりまく市営プール」なのではないか。そう思い、サブアリーナと掲示されたその建物の隣り、メインアリーナのほうへ突撃してみた。
 


左がサブアリーナ、右がメインアリーナ

 
入ってすぐの事務室の扉をたまたま開けて現れた女性職員に、とっさに声をかけてみると、その方、なんとこの総合体育館の館長だった。
館長・根笹邦子(ねざさ・くにこ)さん(取材時の3月をもって退任予定)によれば、現在のサブアリーナのそばに、かつて屋外プールがあったそうだ。
山口百恵より少し年上の根笹さんも地元出身で、山口百恵が通っていた不入斗(いりやまず)中学校に隣接する坂本(さかもと)中学校の卒業生だった。
「昔はこの辺りの小・中学校にはプールがなかったから、学校の授業でよく市営プールを利用したんです。百恵ちゃんがいたころの不入斗中もきっとそうだったと思いますよ」という。
ちなみに、現在の屋内プール付きのサブアリーナができたのは、1997(平成9)年だそうだ。当時の屋外プールはすでに姿を消していたが、間違いなく「ゆかりの地」の跡であることは確かだ。
 
いっぽう、総合体育館の向かいには陸上競技場がある。
 


鮮やかな青が映えるグランド

 
ここが『蒼い時』序章に記された「まだ作りかけだった市営グランド」であることは、もはや疑いの余地はないだろう。
 


陸上競技場前の掲示板

 
ちょうど陸上競技場の前に、競技場や体育館を含む不入斗公園の沿革を記した掲示板があった。そこには「昭和三十八年に水泳プール、(中略)四十七年に公認陸上競技場が次々と完成していきました」と書いてある。
昭和47(1972)年といえば、まさにその年の12月、山口百恵は『スター誕生』で『回転木馬』を歌い準優勝する。そして翌年、『としごろ』で歌手デビュー。彼女が「普通の少女」だったころの記憶の中の市営グランドは、まだ造成中のその場所だったのだろう。
 
余談だが、掲示板にも書かれている通り、不入斗公園は、終戦まで旧陸軍重砲兵連隊の練兵場だった。地元の人のブログに、子どものころ公園で「空薬莢(からやっきょう)を探した記憶がある」などという記載を見つけた。
 
その不入斗公園に隣接するのが、山口百恵が約4年間通った鶴久保小学校である。
 


鶴久保小。左奥の木々の向こうが陸上競技場

 
鶴ケ丘団地から一番近いこの校門を、きっと彼女も利用したはずだ。
また余談になるが、校門の向こうに連なるイチョウ並木は、横須賀市の「景観重要樹木」に指定されている。イチョウの葉が色づくころは、さぞや美しいことだろう。
 
 

 

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