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山下公園前にある「横浜人形の家」の誕生秘話と、その生みの親・大野英子さんについて教えて!

ココがキニナル!

山下公園前の人形の家は元町大野真珠オーナーだった大野英子氏のコレクションを集めたもので真珠のミキモトと関係があったそう。鳥羽の真珠が元町で売られた経緯や人形の由来を教えて(katsuya30jpさん)

はまれぽ調査結果!

大野英子さんは御木本幸吉氏の通訳を務めた後に、宝石店を元町に開店。人形を通じて世界を伝えたいと、世界中から約5000体の人形を収集した

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ライター:篠田 康弘

元町に真珠店を開店



1951(昭和26)年に御木本真珠を退職した後は、「横浜の観光客に真珠を販売したらどうか」という御木本幸吉氏の勧めで、港に近い元町に「御木本真珠大野商店」を開店した。

店名からも分かるように、当初は御木本真珠の系列店であったが、開店から10年後に完全に独立。「大野真珠店」と店名を改めた。
 


開店10周年を記念して、関係者に配られたグリーティングカード(ご親族様提供)

 
元町時代の大野さんの様子を、大野さんの甥に当たる濱木究(はまき・きわむ)さんと、姪に当たる永井幸子(ながい・ゆきこ)さんからお話を伺うことができた(お二人とも希望により写真は非公開)。

大野さんの弟で、お二人の父親に当たる濱木豪臣(はまき・たけおみ)さんは、長らく大野真珠店の専務を務めていたそうだ。

お二人の話によれば、仕事に関しては非常に厳しい人だったという。

「叔母の目はものすごく鋭かったです。眼力がありましたね。叔母が来ると、職場のみんなが緊張してました」

厳しいオーナーの下で、店員さんたちは大変だったようだ。
 


店舗に立つ大野さん(ご親族様提供)
 

店内の様子を伝える英字新聞記事(ご親族様提供)

 
開店当初の経営は苦しかったそうだが、その後は大さん橋などにいくつかの支店を開店し、大野さんは「ハマの女真珠王」と呼ばれるようになった。

大野さんが1977(昭和52)年に亡くなった後も、大野真珠店は前述の豪臣さんたちが中心となり営業を続けてきたが、2012(平成24)年に閉店した。
 


かつて大野真珠店があった付近

 


横浜人形の家の誕生



優秀なビジネスパーソンというイメージが強い大野さんだが、非常に多趣味な人でもあり、骨董収集、着物集めなどを趣味としていた。

また絵画もたしなんでおり、人形をモデルとした絵画を数多く描いている。個展を開いたこともあるそうだ。
 


大野さんの描いた絵(ご親族様提供)

 
そして、数ある趣味のひとつが人形収集であった。

若いころは通訳として、そして真珠店開店後は海外への販売ルート開拓などで、さまざまな国に出かけることが多かった大野さんは、行く先々でさまざまな人形を買い集めていた。
各地の風俗が現れている人形を見てもらうことで、その国に興味を持ってもらいたいという思いがあったそうだ。

横浜に自分が集めた人形を公開できる施設を作りたい。これが大野さんの夢であった。いつの日か実現しようと機会をうかがっていたが、夢叶わぬまま1977(昭和52)年に大野さんは亡くなった。

最終的には、大野さんが集めた人形の数は約5000体にのぼっていたそうだ。

大野さんの死後、弟の豪臣さんが横浜市にコレクションのうち2600体の寄贈の話を持ちかけたところ、当時の細郷道一(さいごう・みちかず)横浜市長が「それなら人形の展示施設を作ろう」と提案。そして1979年(昭和54)年に、横浜人形の家が誕生した。
 


現在の人形の家

 
人形の家に伺ったところ、最初は産業貿易センターの9階の、わずか10坪の展示スペースからスタートしたそうだ。
 


最初の人形の家があった産業貿易センター

 
開設後は人形の家も独自に人形の収集を開始し、人形の数が増加。徐々に展示スペースが足りなくなり、1986(昭和61)年に産業貿易センターにほど近い現在の場所に専用の建物を開館した。

大野さんが寄贈した人形は、現在も人形の家の常設展示室に展示されており、いつでも見ることができるとのことである。
 


人形の家の展示風景
 

世界中のさまざまな人形が展示されている

 
今回は特別に、先に紹介した濱木さんと永井さんにご協力いただき、濱木さんのお宅に残されていた貴重な大野さんの人形を撮影することができた。
 


大野さんが所蔵していた人形(ご親族様提供)

 
どこの国の人形だろう。どんな人をモデルにしたのだろう。人形の歴史に思いを馳せながら、今回の記事を終えることにする。



取材を終えて



すごい人だ。その言葉しかない。ものすごいバイタリティでこれだけの活躍を見せた女性を取材できたことは、本当にライター冥利につきる。

人形の家が無かったら、観光地としての横浜は全く別のものになっていたかもしれない。それほどの重要な施設を作るきっかけを与えてくれた大野さんに、市民のひとりとして心から感謝したい。


―終わり―
 
参考資料
『世界画報 1979年6月号』(国際情報社、1979年)
『女傑』(加藤龍一著、創芸出版、1986年)
『時代を拓いた女たち かながわの131人』(江刺昭子編著、神奈川新聞社、2005年)

『銀座から世界へ、世界からGINZAへ「銀座と共に歩むミキモト」展』
開催期間/:2014年11月21日(金)~12月30日(火)
時間/11:00~19:00※12月13日(土)〜24日(水)は午後8時、12月30日(火)は18:00まで開催
場所/ミキモト本店6階ミキモトホール
主催:ミキモト
 

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