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【鎌倉の名建築】浄土宗大本山 光明寺

ココがキニナル!

神奈川名建築シリーズで神奈川県下最大級の木造建築光明寺本堂を取材してください。キニナル。(にゃんさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

1698(元禄11)年に再建立された光明寺の本堂、山門。そして、室町時代に作られたとされる良忠上人のお像を安置する開山堂を訪ねた。

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ライター:カメイアコ

数々の横浜の建築を紹介してる「横浜の名建築」シリーズ。今回は番外編として、鎌倉名建築シリーズと銘打って、材木座にある浄土宗の大本山「光明寺」を訪ねる。

 

海岸近くにあるお寺「光明寺」
 

「光明寺」は、1243(寛元元)年 に創建された。その間、立て直しなどが行われてはいるが、1698(元禄11)年に建立されたお堂が現存する古寺である。1923(大正12)年に起こった関東大震災でも、本堂、総門、山門は倒壊せずに残った。1999(平成11)年、本堂が国の重要文化財に指定されている。

 

光明寺の境内図
 

本稿では本堂、山門をメインに、室町時代に作られた浄土宗の三祖(=3代目)の良忠上人(りょうちゅうしょうにん)のお像を安置する開山堂を紹介する。

 

静観な眺めである
 

光明寺は、浄土宗の大本山である。浄土宗の宗祖は法然(ほうねん)上人、二祖(直系の弟子)に聖光(しょうこう)上人、三祖に良忠上人を据える。そして、光明寺は三祖の良忠上人によって、開かれた歴史深い寺院なのである。

開祖である良忠上人は島根県に生まれ、37歳の時に聖光上人の弟子となった。非常に造詣が深かったため、法然上人の教えを受け継ぎ三祖として活動した。良忠上人は歴代の北條氏の執権に帰依(きえ:信仰)を受けた。そして、後土御門(ごつちみかど)天皇より「関東総本山」の称号を与えられ、国と国民の平和を祈る「勅願所(ちょくがんしょ)」となった。

 

天皇家とのつながりも深い
 

上写真の右側の文様、五七桐(ごしちのきり)は豊臣秀吉が使用しているので武将の紋様というイメージがあるが、もともとは天皇が使用していた家紋である。勅願所である光明寺は、天皇家とのつながりも深く、当時から特別に使用を許されており、五七桐と菊紋の並ぶ紋様が見られるのは同寺だけだ。



光明寺の本堂に迫る

 

ご案内いただくのは、三浦正順(みうら・しょうじゅん)さん
 

本堂は1698(元禄11)年江戸時代に建てられた
 

堂内
 

建立当時のトレンドと従来の建築形式を取り入れた折衷様式(せっちゅうようしき)の木造建築だ。本堂は午前6時から午後5時(10月15日~3月31日は午前7時~午後4時)までの開門時間内であれば、誰でも自由に出入りでき、お参りをするのも可能だ。

「浄土宗は、ほかの宗派よりも比較的開かれていると思います。参拝されるみなさまにすべてを見ていただき、阿弥陀如来様が自分と近しく感じていただけると思います」と三浦さん。

 

天井部には、天女のモチーフ
 

モチーフの形、色は300年前当時のまま
 

瓔珞(ようらく:宝石などを連ねて編んだ飾り)
 

極楽浄土の世界は、宝石がちりばめられた木、宝樹が生えていると言われている。瓔珞はその姿を表現。本堂は、極楽浄土を疑似体験できる場でもある。

 

台座の向こうは、仏様の世界
 

浄土宗の「お十夜法要」発祥の寺であり、「お十夜」の呼び名で親しまれている。全国の浄土宗の寺院で広く行われ、同寺では三日三晩にわたって念仏や御詠歌(ごえいか)を本堂で唱えるという。

 

静寂と荘厳の世界に
 

不浄が流されていくようだ
 

本堂入り口の右側に目をやると、1台のグランドピアノが置いてあるのが目に入る。

 

なぜ堂内にピアノが?
 

「ご縁で譲り受けたものです。良いものだそうで堂内に置いていたのですが、使用しないのはもったいないので、定期的にピアニストを招いてリサイタルを催しています。この空間とマッチするような選曲をしてもらい、どなたでも聴いていただけます」とのことだ。