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江の島に架かる橋は、かつては狭くて曲がっていた木の橋だった?

ココがキニナル!

江ノ島なんですが、昔は木の橋で通行料金を払ったような気がします。弁天様は秘仏として公開していなかった気がします。記憶を確かめてくれませんか?(祝人さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

江の島に架かる橋は、かつては「く」の字のように曲がった木の橋で、一時通行料を徴収していました。ちなみに弁天様は秘仏ではなかったようです。

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ライター:河野 哲弥

実は2本ある、江の島に架かる橋



今回の投稿を受け、さっそく藤沢市にある江の島へ渡ってみた。
改めて橋を注意深く歩いてみると、今まで気づかなかったいくつかの発見があった。
 


一直線の橋だと思っていたが、実は途中で曲がっていた

 

江の島近くになると、橋は二つに分かれる


この、向かって左側(東側)の橋は車両専用で、「江ノ島大橋」が正式名称。右側(西側)は歩行者専用で、こちらは「江の島弁天橋」という。そして共に、ほぼ中心で「く」の字のように曲がっていた。
この微妙なカーブ、何か今回の投稿と関わりがあるのだろうか。それを確かめに、まずは当時の写真などが残ってないか、島内の老舗を訪ねてみた。
 


MAPを見ても確かに橋の中心が少し「く」の字に曲がっている




かつては、その幅2メートルもない木橋だった



最初にうかがったのは、鎌倉時代から続く老舗旅館、「岩本楼」。かつては「総別当職」という島内の寺社を束ねる役職に就き、江戸時代には将軍の宿泊所、近年では宮内省御用達の旅館に指定されているそうだ。
 


「岩本楼」外観
 

館内には資料館もある


資料館があることは知っていたので期待して訪ねてみると、木の橋だった頃の写真が残っているという。さっそく見せていただくことにした。
 


陸側から見た江の島方面の様子

 

幅員は2メートルもないのではないだろうか


これらの写真は昭和初期の頃のもので、当時この橋は「江の島桟橋」と呼ばれていたそうである。
それが、どのようにして、現在のコンクリート製の橋に架け替えられたのだろう。「岩本楼」によれば、藤沢市の施設である「文書館(もんじょかん)」なら、何か分かるかもしれないという。そこで、同施設を訪問してみた。