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保土ケ谷区のバス停、アパートがないのに「アパート前」? アパートはどこへ行ったのか、徹底調査!

ココがキニナル!

相鉄上星川駅から水道坂を西谷浄水場(水道記念館)に登って行く途中に『アパート前』というバス停がキニナル。由緒あるアパートでもあったのか。調査を!(ジャン・ヨコハマさん)

はまれぽ調査結果!

「アパート前」の名前の由来は以前この地にあった日本カーリット株式会社の社員寮。マンションに変わった今も親しまれたバス停名は残されることに

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ライター:大野 ルミコ

まさかの理由不明・・・。 そうだ! 古地図を探ろう!(つづき)

 


相鉄線「和田町」駅からアパート前のバス停を目指すことにする
 

「アパート前」に行くのは、西原住宅行と新桜ケ丘団地行き。結構、本数は多い

 
ちょっぴりノスタルジックな雰囲気漂う和田町駅前のバス停から、アパート前まではバスで10分程度。対面走行の細い道を抜け、相鉄線の上星川駅からほど近い「坂本町」のバス停を過ぎると急に長い上り坂となる。「アパート前」のバス停は、その坂道の中腹にあった。
 


「アパート前」に到着!

 
バス停周辺は、「静かな住宅街」といった雰囲気。アパートの姿はない。マンションや一戸建ての家が並び、お店はバス停の横に酒店が一軒あるくらいか。その店の方にお話を聞ければよかったのだが、残念ながら当日は定休日とのことでシャッターが下りていた。

仕方なく、バス停周辺をウロウロしていた時「これから和田町駅へと向かう」という一人の上品な女性と遭遇。お話を伺うことができた(ただし顔写真、お名前などはナイショで・・・とのことなので仮にAさんとさせていただく)。
 


上星川駅までは歩ける距離だが、坂がキツイため「バスを使う人が多い」という

 
Aさんは結婚と同時にバス停近くに居をかまえ、それから約50年間、ずっとこの地で生活しているという(とてもそんな年齢に見えず、本気で驚いた)。

そこで「アパート前というバス停の名前が珍しいので、その由来を調査している」と伝えたところ、すぐに「あー、それはね、この階段の上にね、カーリットさんの社宅があったのよ!」と教えてくれた。
 


この階段の上、今、マンションが建っている場所にその「アパート」があった

 
「この坂を越えた向う側にカーリットの工場があってね・・・」とAさんはさらに続ける。「アパートに住んでいる人はみんなその工場で働いていたの。昔はマンションなんてなかったから、この辺で唯一といっていいくらい大きな建物だったのよ。うちの子どもと同級生の子も何人か住んでいて、家族ぐるみで仲良くお付き合いした方もいましたね」
 


跡地はマンションに。周辺の風景も変わり「あの当時の面影はまったくない」という

 
しかし1995(平成7)年の工場移転に伴い、アパートに住んでいた人もほとんどが群馬へと移転し、数年後にアパートも解体されたという。その時のことを「やっぱり寂しかったですよ。みんな一斉にいなくなってしまったから・・・」と振り返ったAさん。別れ際「話していてすごく懐かったわ」と、笑顔で和田町駅行のバスに乗り込んでいった。



「日本カーリットアパート」の面影を求めて



それにしても・・・このバス停名の由来となった「日本カーリットアパート」とはどのような建物だったのだろう。その姿を求め、アパートを建設、管理をしていた日本カーリット株式会社を訪ねることにした。
 


本社のある東京・京橋のオフィス街へと向かう

 
今回、対応していただいたのは、日本カーリット株式会社管理本部の岩井常道(いわい・つねみち)さん(写真はNGとのこと)。

実は岩井さん、1980(昭和55)年から約3年間、あの「日本カーリットアパートで生活していた」ということで、特別にお時間を割いていただいたのだ。本当にありがとうございます。

日本カーリット株式会社は、1918(大正7)年の創業以来、産業用爆薬、火工品といった化学品、電子材料品などの製造・販売を手掛けてきた。2013(平成25)年には純粋持株会社「カーリットホールディングス株式会社」を設立、ボトリング事業や産業用部材事業など、活躍の場も広がりを見せている。
 


カーリットグループの活躍の場は多岐にわたっている

 
岩井さんは1984(昭和59)年に発行された『日本カーリット五十年史』を基に当時の話を聞かせてくれた。

その本の一部に以下のような記述がある。

「総体的に老朽化している社宅の現状と、対従業員社宅対策の将来を展望して、当社は本社、保土ヶ谷・群馬両工場にそれぞれ同型のアパート式社宅を同時に建設することとし、保土ヶ谷工場用として2棟42戸、鉄筋コンクリート造りの3階建て、敷地は仏向地区の借地に決定した。(昭和)26年2月着工、同年8月に完工した」(原文ママ・一部中略あり)

つまり「日本カーリットアパート」はバス停ができる2年前に完成していたのだ。
 


右上の○部分がアパートのあったところ。左端の○部分に工場があった。(Google Mapより)

 
岩井さんも「社史にも『当時としては斬新な建物であった』を記載があるように、1951(昭和26)年といえば、まだ戦後間もないころですし、3階建てのアパートはかなりハイカラな建物だったのではないでしょうか」と話す。「・・・もっとも、私が入居した時には建物もかなり古くなっていましたがね(笑)」
 


「バス停の周りには従業員が住む家がたくさんあった」という

 
とはいえ、建設された当時は室内に風呂もなく、まだ薪や石炭で暖を取っていた時代。その名残からか、岩井さんが入居された時にも「なんとなく建物全体に煙の臭いが残っている感じがした」という。すでに各部屋に風呂は設置されていたが、築年数も経過し「古かったからか、空室もいくつかありましたね」と振り返る。

それでも「工場まで歩いて行けた」という利便性もあって、アパートにはまだ多くの人が住んでおり、また、周辺にも従業員が暮らす家がたくさんあったという。残念ながらバス停を訪れた日に閉まっていた商店は「僕らの間では『鉄砲』という屋号で呼ばれ、「カーリットの従業員がよくお酒などを注文していた」という馴染みの店だったのだという。
 


アパートを中心に、街全体が「日本カーリット」と密接に関係していたのだ

 
「当時の建物の写真は、社内でもずいぶん探したけれど見つからなかった」と、申し訳なさそうに言った岩井さん。「当時のことを知る者は、社内でもだいぶ少なくなった」という。

それでも工場移転から20年近く経った今もこうしてバス停の名前が残り、工場跡地は公園の一部として地域に親しまれている。そして、工場があったころの思い出話を懐かしそうに語る住人にも出会うことができた。この地域と日本カーリットがいかに密接な関係を築いていたか――それを再認識することができたように思う。



取材を終えて



正直、この調査依頼が来たとき、ここまで明確な答えが出せるとは思っていなかった。アパートの名前くらいは分かるかもしれないけれど、そこで調査が行き詰ってしまうだろうと。まさかそのアパートで生活されていた方からお話を聞くことができるとは・・・

調査にご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました!

そして、バス会社に問い合わせ、図書館で古地図を探り、現地の住人に話を聞く。「アパート前」というバス停の名前を追う、その一つひとつの工程が冒険のような、謎解きのような、ワクワク感いっぱいで本当に楽しかった。

今度、自分でも「珍名バス停」、見つけてみようかな。


―終わり―
 

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  • 懐かしいなあ。このアパートから歩いて5分ほどの所に、住んでました。実家はまだ坂本町にあります。子供の頃は、日本カーリットの工場から、実験でしょうかね、爆薬が大爆発する音が毎日聞こえてました。それが普通でした。いつのまにか、工場ごと移転してたんですね。寂しいですね。

  • 「アパート前」のバス停前には、小川が流れていて、子どもの時、バスを待つ間、水をいじったり、飲んだりして待っていました。「てっぽう」という名のお店本当は内田商店、今でもありますね。その当時でも一軒店で、今で言うと「コンビニ」みたいな存在でした。お世話になりました。

  • 私はカーリットアパートに住んでいました。昭和27年から53年までです。楽しい時代でした。おやじはカーリットに勤めていました。

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