藤沢市新林公園内にある進入禁止の柵の先には何がある?
ココがキニナル!
藤沢に『新林公園』という大きな公園があります。その公園の先には昔から進入禁止の柵があり、その先に何があるのか気になります。調査をお願いします(波に乗れないジョニーさん)
はまれぽ調査結果!
新林公園内の柵が設けられた場所は灌漑用の溜池やその水路のためのトンネルであった。池に転落すると危険なため立ち入り禁止になっている
ライター:小方 サダオ
自然の山野を利用した公園内に柵で囲われた場所が・・・(つづき)
園内には湿地帯が再現されているが、その水も大池から来ているのかについて伺うと「湿原の水は下まで流れたものをポンプで上に循環させています」という。
湿性植物の生える湿地帯
湿地帯の脇を流れる水路の址(あと)
水を循環させる装置
灌漑用に使われていた水路の址
川名大池には今でも以前のように山に浸透した水が湧いているとのことだが、トンネルへと続く水路は使われていない。
大池からの水路があった場所(青線)
柵のされたエリアはまだあった。進入禁止の看板も
その川名大池に行ってみると、ここにもフェンスがされていた。立ち入り禁止を示す看板があるため、これが投稿者が見た柵ではないだろうか。
「魚釣り禁止」の看板があり、池の周りが滑りやすくて危なかったり、釣り針を野鳥が飲み込んだりしたために人が入れないようにフェンスがされているようだ。
今回は公園関係者の方が、特別に柵の中に入れてくれた。
市によって設置された立ち入り禁止の看板
園内のほぼ中央にある川名大池
小舟をつなぐための棒が突出している
カワセミなどの鳥が訪れるという
第1トンネル(青矢印)、第2トンネル(緑矢印)、水路(点線)の位置。川名森久第二公園(赤枠)
大池は柵がされているせいか周囲は静かで時が止まっているようで、灌漑用の池として使われていた当時の雰囲気を感じさせる印象だった。
古くからこの地に住む地元の男性に、川名大池について伺うと「私はもうすぐ90歳ですが、私の高祖父あたりの人たちが作ったのではないでしょうか? 戦後の『米を作り過ぎるのを規制する政策(※減反政策。米の消費量が減ったことなどから生産を抑制しほかの作物を生産するようにした)』の頃から田んぼを使う人たちが減り、その影響で溜池の水が使われることが少なくなりました」とのこと。
移築された江戸時代の古民家「小池家」
そして『藤沢市史料11皇国地誌』という文献には「新林谷(やと)ノ池 西南の方字新林谷にあり、東西12間五尺四寸、南北11間、面積373坪、深さ平均4尺。田、一町三段(たん)四畝(せ)四歩(ぶ)の用水に使用」とある。
川名大池は、新林谷(しんばやしやと)ノ池と呼ばれ、東西約22メートル、南北約20メートル、面積373坪のもので、深さは約120cmとのこと。山のふもとに広がる約4024坪分の田んぼのための用水だったという。
さらに柵が設けられた時期と理由について藤沢市公園課の担当者に伺うと、柵が設けられたのは約30年前で、その理由は前出のような「野鳥保護」の目的などであった。
以前は重宝していた大池の水も、時代の流れとともに田んぼが少なくなり、使用することがなくなったようだ。