36年ぶりに完全復活「横浜銀蝿 40th」。オリジナルメンバーで再結成!【前編】
ココがキニナル!
オリジナルメンバーで再結成したデビュー40周年の「横浜銀蝿40th」ってどんな人たち?
ライター:山本航
『男の勲章』は夜空に誓った実話から生まれた
−−デビューまでの足がかりはどんな活動だったんですか?
(J) TVK(テレビ神奈川)がまだ山下公園のそばにあったころに『ハマヤング』というアマチュアバンドコンテストの番組があって、それに出たくて。オーディションのたびに「うーん、まだ早いねー。また来てよ」とか言われて落っこちて。それでも何度も何度も通いましたね。プロデューサーが結構気にしてくれていて。ヘタクソだからまだ番組には出せないんだけど、やってることが面白いんで落とすには惜しかったんじゃないかなー。でもそのまま出したら、放送事故になっちゃうから(笑)
TVKに出たくてバンドを組んだ
(S)毎回、ごっついハードケースと重たいアンプを担いでTVKまで通ってたんだよ。ある日、バスが混んでてみんなに悪いから降りて歩いたんだ。オーディションにまた落ちて、バスからも降りて歩いて疲れて。そしたらさー、ふと見上げた星空がすっげーきれいだったんだよ! それで「Johnny! あの星をつかもうぜ!」とか言ってさー!
(J)そうそう! 青春ですよ。まさに『男の勲章』の歌詞! 「泣きたくなるようなつらいこともあるけど〜」(と、歌いはじめる)
(J)・(S)「ガキのころ 路地裏で見た 夜空にキラめいた 流れる星を見て 誓った思いを忘れちゃいないぜ〜」(Johnnyさんこぶしをあげて熱唱)
『男の勲章』の生歌を披露
−−『男の勲章』は、まさにそのときの思い出からできたんですか?
(J)そうですね。まさにあのときの、「星をつかもうぜ!」って思いを込めて。
(S)駄目な不良だったら、周りを気にしないでバスを降りなかっただろうし、夜空を見上げることもなかったよね。きっと神様が見てたんだろうねー。そのあと、やっと合格したんだよ!
(J)それが僕らのテレビ初出演。しかもそのときのゲストが、荒井由実(あらい・ゆみ)時代のユーミン!
アマチュア時代から武勇伝だらけ
ビニール製のなんちゃって革ジャンとジーパンでテレビに出た
−−高校生でバンドを組んでいた頃はすでに、現在のような衣装や髪型だったんですか?
(S)そうだね。まだ金がなくて革ジャンは買えなかったからビニール製のなんちゃって革ジャンとジーパンでTVKに出ました。嵐さんが合流してから『ぎんざNOW!』の素人登場コーナーにも出ようと話してて。そのときはJohnnyは金色、俺はスカイブルーのロングチャイナを着て。背中に横浜銀蝿って刺繍を入れて、ドカン(変形学生服)を穿いて素肌にサラシを巻いて歌ってましたね。
−−堅気の人とは思えないですね(笑)
(S)そう! だから当時は誰も話しかけてこなかったから、仲良くなった共演者なんかいなかったですよ。俺のとこなんてJohnnyみたいに誰も来ないからね。
優しいJohnnyさんと怖がられた翔さん(笑)
それに、ロングチャイナが革ジャンになって、髪型もどんどん過激になっていったから、あのときに共演していたのが横浜銀蝿だったなんて気づいてないかも。司会のせんだみつおさんやかまやつひろしさんにお会いしたときに、あのときはどうもとご挨拶したら「え?」って覚えてなかったもん。
−−当時も異質で過激だったから、逆にインパクトあって覚えていたんじゃないんですね。
(S)早く忘れたかったんじゃない?(笑)そのへんに本物の暴走族とかいくらでもいたんで、逆に目立ってなかったのかもね。
『ぎんざNOW!』出演当時を振り返る
好きなことを好きなだけやらせてもらえて幸せだった
(J)そういうコンセプトでデビューしたかったというわけじゃなくて、そういう時代だったので自然にそうなったというか、マジョリティーですよ。特別なことじゃなく。
(S)矢沢永吉さんや宇崎竜童(うざき・りゅうどう)さんのリーゼントを見て育ってるし。それで高校時代からドカンを穿いて革ジャンっぽいのを着て演奏してたんで、衣装という意識で着てたんじゃなくて、いつも街に繰り出したりバイクや車で走りに行ってるときの普段着だったからね。
70年代の若者文化と音楽シーンを語る
デビュー前に2年間で完全燃焼って決めてたんだけど、たまたま嵐さんがリーダーとして「それなら最後までこの格好で貫いたらどうだ?」と言ったんですよ。街を歩いてるだけでプロモーションになるし。好きなことを好きなだけやらせてもらえて、幸せでしたね。
−−上から言われてやらされていたんじゃなくて、素の自分でやれていたから充実していたんですね。
(S)そう。全て銀蝿発信。ちょうど時代が、校内暴力とか暴走族とかなめ猫とか流行っていたし。4〜5歳上の先輩たちはカミナリ族とか言われていて、それが俺たちの世代で暴走族に変化した。でも世間的に迷惑な悪いことをする不良連中って、俺たちよりも下の世代なんですよ。
好きなことだけやる銀蝿発信
−−僕らが子どものころ、暴走族って格好いい男の集団という憧れで、写真集をクラスで回し見してました。
(S)写真集は、友達があちこちに写ってましたよ(笑)地元でそのへんに石を投げれば不良少年に当たるみたいな時代ですよ。悪者が悪者の格好をしていた時代。暴走族とかけんかが強そうな人とか、みんな見れば分かるじゃないですか。けんかしたくなかったらよければいいし。でも今の時代って見た目で悪者かどうかわからないですよね。
昔の不良は悪さをするのもオープン