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解体が報じられた、横浜最古の倉庫「旧日東倉庫」の歴史を探る!【前編】

ココがキニナル!

解体が取りざたされている横浜最古の倉庫「旧日東倉庫」の今後はどうなる?(はまれぽ編集部のキニナル)

はまれぽ調査結果!

114年間同じ場所にたたずむ倉庫は、耐火耐震建築として全鉄筋コンクリート建築物を実現するための最後のステップであり、近代建築史の縮図といえる

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ライター:永田 ミナミ

遠藤於菟、動く



帝大卒業後、遠藤於菟は1895(明治28)年に横浜税関倉庫、翌年には創立される生糸検査所本館の現場監督、神奈川県監獄署の設計などを手がける一方、1899(明治32)年には、妻木頼黄(つまきよりなか)設計による横浜正金銀行本店(現在の神奈川県立歴史博物館)で現場監督と設計助手を担当した。

内装も担当した横浜正金銀行本店は1904(明治37)年に完成、その間に遠藤於菟が設計した横浜正金銀行天津支店(中国)も1903(明治36)年に竣工している。
 


国の重要文化財でもあり国の史跡でもある旧横浜正金銀行本店本館(フリー画像)

 
建築家として着実に実績を積み重ねていた遠藤於菟は、1905(明治38)年に竣工した煉瓦造りの横浜銀行集会所(2代目。現在の建物は大熊喜邦(よしくに)設計による4代目)で、階段の踊り場に部分的にコンクリートを使用するなど、実用化へ向けての実績も着実に積み重ねていた。

そこへ1909(明治42)年、三井物産から横浜支店建築の依頼がきたのである。さっそく全鉄筋コンクリートによる略設計をおこなうとともに、アメリカで最新の建築を学び帰国したばかりの酒井祐之介に共同設計を依頼した。

プレゼンテーションの場では鉄筋コンクリート建築への反対意見が相次いだが、粘り強く話し合いを続け、また、同1909(明治42)年11月に起工した三井物産の倉庫で、遠藤於菟はそれまでの蓄積をもとに、建物の構造部分である柱と屋根に鉄筋コンクリートを採用した。

これが「三井物産株式会社横浜支店倉庫(のちの日東倉庫)」である。
 


倉庫は絹織物や綿織物、茶などを保管するためにつくられた

 
翌1910(明治43)年7月に竣工した倉庫は、壁が煉瓦造(表面はタイル貼り)、屋根と柱が鉄筋コンクリート造、床が木造で、地上3階と地下1階からなる建物の各階床面積は548.53平方メートルで、延べ床面積2194.08平方メートルである。

煉瓦造の壁については、遠藤於菟が現場の作業員に、乾いた煉瓦より水に濡らした煉瓦のほうがモルタルとの接合力が強いことを直接指導した、また屋根にはかまぼこ型の鉄板を使用し、地震で屋根が落下しないよう鉄板の周囲を蛇腹型の鉄骨で巻くなど、耐震性を最大限に高めるための配慮がなされた。
 


その結果が、関東大震災と横浜大空襲を経て104年そびえるこの壁である

 
そして、この倉庫での実績にくわえて、三井物産が遠藤於菟の設計図をアメリカの専門家に送り、安全性に問題がないことが確認されたことで、遠藤於菟はついに全鉄筋コンクリート建築を実現するのである。
 


倉庫と繋がるように建つビルは、建築史としても連続的な繋がりを持つのだ

 
一見、簡素にも見える外観だが、直線と平面を多用したデザインを基調に輪郭が曲面処理されるなど、大正時代に流行したセセッション(ゼツェッシオン/分離派)的特徴を持つ、この日本最初のオフィスビルは、機能性と合理性を重視したモダニズム建築の日本における先駆的作品と位置づけられている。
 


日本の代表的セセッション建築の日本興業倶楽部会館は1920(大正9)年竣工(フリー画像)

 


後編に向けて



日本最初のものとはいえ、石造や煉瓦造ではない鉄筋コンクリートの建築物にどれくらい史跡的価値があるのか、と疑問に思った人もいるかもしれない。
本格的な鉄筋コンクリートによる建築が、オーギュスト・ペレによって1903年にパリに建てられた「フランクリン街のアパート」に始まるとすれば、その歴史は111年ということになる。
 


外壁は植物をあしらった陶器タイルで装飾され、アール・ヌーヴォー的な外観(フリー画像)

 
111年という時間を長いと捉えるか、あるいは短いと感じるかは人によるかもしれないが、111年の歴史のうちの104年間立ち続けている「旧日東倉庫」は、すぐ隣で103年間立ち続けている「旧三井物産横浜支店ビル」とともに、鉄筋コンクリート建築史上最古の部類の建物といえるだろう。

21世紀初頭、劇作家で評論家、演劇研究者でもある山崎正和は現代の建築を「人類は自由に溶接できる金属を軸に、泥土状の物質を流しこんで成型する建築を開発した。細部が細部としての独立性を持たず、形成の単位が固有のかたちの要求を持たない建築を生んだのである」と評した。

しかし、打ちっぱなしという工法の普及からもわかるように、コンクリートという素材の「質感」も石材や煉瓦と同様に、建材としての地位が確立されていると言えるだろう。

さらに、住宅も高層ビルも、せいぜい石や煉瓦の質感だけを象っただけの部材を、プラモデルのように組み立ててあっという間にできあがってしまう現代においては、素材の「質感」を持つ建築物はすでに遺産になる資格を獲得しつつある。
 


近代化遺産として注目される軍艦島の鉄筋コンクリート住宅は1916(大正5)年建設

 
ペレはコンクリートの成形の自由さに建築表現の可能性を見いだしたが、遠藤於菟は、日本という場所だからこその必要性に基づいた耐火耐震建築を模索し追究した。そして「旧日東倉庫」は、そうした模索と研究の足跡として、また鉄筋コンクリート建築の黎明期の作品として、文字通り日本の近代建築史の礎を築いたのである。

さて、後編では、横浜国立大大学院の大野敏准教授に提供していただいた写真とともに倉庫内部の様子を見ていきながら、耐震建築物としての価値と意味についてさらに掘り下げ、現状を踏まえた上で倉庫の今後について考えたい。


―続く―
 
参考文献
『日本の建築[明治・大正・昭和]10 日本のモダニズム』/近江栄+堀勇良著/三省堂/1981
『近代建築のパイオニア 防災建築にうちこんだ遠藤於菟』上坂高生著/PHP研究所/1983
『建築全史 建築と意味』/スピロ・コストフ著/鈴木博之監訳/住まいの図書館出版局/1990
『日本近代建築大全[東日本篇]』/米山勇監修/講談社/2010
『横浜洋館散歩 山手とベイエリアを訪ねて』/阿部編集事務所編/淡交社/2005
『職人魂の「唯物論」』/山崎正和著/日本文芸協会編『新茶とアカシア』/光村図書/2001
『実業之横浜』第8巻24号/1911
 

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  • 技術史、建築史、近代史いずれをとっても歴史的に重要な建物でありつつ、館内地区の景観に寄与し、よもや観光資源にもなりうる建物。所有者様には何とか活用の道を探っていただきたいですし、自治体も買取りも含めた保存・活用の施策を講じていただきたいものです。ネット上では署名活動が始められているようですね。http://t.co/YN1CVpPtvK

  • こういう建造物を買い取って、市庁舎を部分移転できないでしょうか?歴史的建造物の保存方法やリノベーションの研究にもなるでしょうし、観光資源も確保できて良いと思うのです。

  • 民間所有の歴史的建造物は経済の論理に翻弄されます。

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