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かつて馬車道交差点にあった「珈琲屋」、その後どうなったの?

ココがキニナル!

馬車道交差点の角にカウンターしかない「珈琲屋」という店がありました。この店が移転されたのか?別の名前でどこかで営業されているか知りたいです。(浜っ子魚河岸五代目さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

土地の賃貸契約が終了したのを機に、完全閉店へ。今では、オーナーの娘さんが経営する山手町の「えの木てい」で、一部のメニューが復刻されている

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ライター:河野 哲弥

読者からの情報提供により、追跡調査開始



「まとめて報告Vol.15」で、いったん調査を中断していたこの投稿。
ところが過日、読者の方から、思わぬ情報が届いた。

それによれば、「珈琲屋」オーナーの身内の方が、山手町にある「えの木てい」を経営しているというのだ。もしこれが本当なら、その後の経緯を追う、有力な手がかりを入手したことになる。
 


洋館を利用した、カフェと洋菓子の店「えの木てい」(中区山手町)


まずは、取材を申し込む前に、かつて「珈琲屋」があったと思われる現地で、下調べをしておくことに。投稿からすると、馬車道交差点の南東側の角が、その場所だと思われる。
 


いなりすしで有名な「泉平(いずへい)」があった


創業1839年(天保10年)、「横浜でもっとも老舗の店ってどこ?」の記事でもご紹介した「泉平」の鈴木店長によれば、「確かに、この場所に以前、『珈琲屋』があった」とのこと。しかし、その後どうなったかは、ご存じないという。
近くの方にも聞いてみたが、現場付近では、それ以上の情報は集まらなかった。やはり、「えの木てい」に直接たずねるしかないようだ。改めて、取材を申し込んでみた。



以前はカメラ店だった、「珈琲屋」の歴史



お話を伺えたのは、有限会社 榎亭代表取締役の、安藤美穂さん。「珈琲屋」のオーナーであった安藤彦郎(よしお)氏の、実の娘であるという。
 


「えの木てい」の玄関で、同店オーナーの安藤さん


さっそく、「珈琲屋」の閉店事情について聞いてみると、「土地の賃貸契約が切れたため」とのこと。1989(平成元)年ごろに期限がくることは以前から分かっていて、場所を変えて継続しようという話もあったが、当時、彦郎氏が70歳を超えていたこともあり、やむなく閉店に至ったという。
投稿にあったように、今でも当時を懐かしむ声が少なくない「珈琲屋」とは、いったいどのようなお店だったのだろう。その歴史を、詳しく伺ってみることにしよう。
 


以前の店舗と馬車道交差点の様子(年代不明)


安藤家はもともと、野毛でカメラ店を営んでいたそうだ。その後、馬車道のこの場所を借り、カメラ店を続けていったとのこと。やがて昭和30年代になると、彦郎氏は、海外から機材を輸入するときなどによく見かけたドーナツを扱ってみよう思いついたらしい。その後、ハンバーガーやホットドッグなどのメニューを、随時追加していったそうだ。
 


カメラ店横、まさにスタンドといった雰囲気の当時の「珈琲屋」


昭和40年代になると、カメラ店というよりも、夜中まで営業している飲食店として有名になっていったようだ。その評判は、マクドナルドの創業者である藤田 田(ふじた・でん)にも届き、「チェーン展開をしてみませんか」という申し出があったのだとか。

しかし、ハンバーガーなどのレシピを公開することにためらいを感じた彦郎氏は、結局この話を断ってしまう。もし了解していたら、今ごろ一大チェーン店になっていたのかもしれない。ちなみにマクドナルドの一号店は1971(昭和46)年、銀座三越店内にオープンしている。
 


飲食店として営業することになった、その後の同店


この間口を見ると、前述「泉平」とそっくりの外観であることが分かる。和洋の違いこそあれ、この場所が、同じような飲食業に受け継がれているのがおもしろい。

その後の1979(昭和54)年、安藤さんの母親の住居であった洋館を改築し、現「えの木てい」がオープンした。その名前は、庭に植えられている大きなエノキにちなんで、名付けられたとのこと。
 


クリスマス前後には行列ができる、「えの木てい」外観


そんな同店では、「珈琲屋」のメニューの一部を、復刻版として提供しているらしい。そこで、藤田氏もほれ込んだというハンバーガーを、頼んでみることにした。