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横浜にこんなすごい会社があった! 第8回は日本唯一のハイエンドオーディオ機器専門メーカー「アキュフェーズ株式会社」をご紹介!

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2014年06月30日

ライター:吉田 忍

現在販売されているアキュフェーズ株式会社(資本金9600万円、従業員数75名)のオーディオ機器は一番安いプリメインアンプでも29万円、最も高いものは2台で250万円のモノラルパワーアンプ(モノラルなのでステレオ再生には2台必要)。超高級だが、顧客数は国内だけでも5万人を超える。

日本の工業製品は、電気製品に限らず「高性能で価格が安い」というのが世界的に一般的な評価であろう。逆に、日本にはハイエンド製品に特化しているメーカーはほとんどない。自動車でいえばポルシェやフェラーリというイメージのオーディオ機器を作るアキュフェーズ。いったいどのような会社なのだろうか。

アキュフェーズは、青葉区新石川にある。
 


アキュフェーズ社屋。設立当時、周りは野原であざみ野駅はまだ開業していなかった

 


アキュフェーズの歴史

アキュフェーズは1972(昭和47)年に「ケンソニック株式会社」という商号で東京都大田区に設立され、翌年に現在の場所に完成した社屋に移転。1982(昭和57)年ケンソニックからアキュフェーズに社名を変更。
 
アキュフェーズは、Accurate(正確な)とPhase(位相)を合わせた造語で当初から製品のブランド名だった。
 


オーディオマニアの憧れ「Accuphase」のブランドロゴが出迎えてくれる

 
設立時のメンバーは全員が元トリオ株式会社(後にケンウッドに社名変更、現JVCケンウッド)出身。

設立の中心となった春日二郎(かすがじろう)は、1918(大正7)年、長野県で生まれる。小学校時代にラジオを組み立てるほど機械好きだった彼は第二次世界大戦中に通信士を務め、戦後、兄の仲一(なかいち)に叔父を加えた3人で春日無線電機商会を設立し、ラジオなどを売り始める。

製品には3人の設立メンバーにちなみ「トリオ」の商標をつけた。トリオ株式会社の前身である。

日本の高度成長期を象徴する大阪万博が行われた1970(昭和45)年ごろ、音楽をステレオで楽しむという文化が一般的になりステレオセットが爆発的に売れた。トリオはオーディオ御三家(トリオ、パイオニア、サンスイ)の1社として一世を風靡し、従業員数3000人を超える大企業に成長していた。

50歳を過ぎ、副社長で定年まで10年足らずの二郎の人生は順風満帆に見えただろう。しかし、二郎には違和感があったという。
 


当時の春日二郎氏(右)、左は現アキュフェーズの齋藤重正会長(写真提供:アキュフェーズ)

 
一部上場していたトリオには銀行などからも経営陣が加わり、業績をさらに上げるために安い普及品を大量生産するという経営方針だったが、二郎は「私の生きたい道とは違う」と胸の中にしこりを感じていた。

1971(昭和46)年、二郎は同じ思いだった兄の仲一とともに会社を去る決心をする。二郎53歳、仲一58歳の時である。その年齢や創業者である兄弟の退社はさまざまな憶測を呼んだが、その理由は単純明快だった。

「自分の好きなものをつくるために新しい会社を設立する」

妥協を余儀なくされる大量生産品ではなく、市場は小さくても自分の理想とするオーディオ機器をつくりたいという考えに賛同した多くの仲間たちが二郎と仲一の後を追った。当初は経営陣と設計技術者の十数名で始まり、生産を開始する数ヶ月後には65名の社員数となった。
 


設立時のメンバー。右奥が春日二郎氏、その手前が兄の仲一氏(写真提供:アキュフェーズ)

 
この65名という社員数は現在もほとんど変わっていないのだが、その理由は「会社を大きくせず、専門化・特化の基本を堅持する」という、設立時の経営方針が今も変わっていないということ。

業界では名だたる技術者たちによる新会社であったが、新会社ゆえに知名度はゼロである。
業界他社は恐れるどころか「知名度もないのに高いものが売れるはずがない」と歯牙(しが)にもかけなかったという。

実際、1973(昭和48)年に発売された最初の製品「C-200」というプリアンプは15万5000円、パワーアンプ「P-300」は19万5000円。当時の大卒初任給は6万円弱という時代に、ものすごく高価なものであった。
 


パワーアンプP-300(写真提供:アキュフェーズ)

 
一般に大手メーカーは新製品を発売するときに、市場調査を基に販売価格を決めてから製品の設計を行う。
しかし、アキュフェーズは違った。最も良い部品を集めて作ったらこの価格になった。高級マーケットを狙ったのではなく、理想の性能を追求した結果、高価格になってしまったのである。

この妥協のない本物の性能は正しく評価され、オーディオ雑誌などの賞を独占し、オーディオマニアの圧倒的な支持を得ることになる。

当時、高級オーディオ製品といえば、マッキントッシュやマランツといった海外製品だけだったが、アキュフェーズは最初の製品からそれらのメーカーと肩を並べたのだ。

低評価を下していた競合他社も追随し、次々に高級オーディオブランドを立ち上げて対抗したが、どのブランドもすでに消滅している。

コストの削減など一切考えないという姿勢や、後にご紹介する徹底した製品管理や手厚いアフターサービスなどのあり方は、大手には真似できない事だったのだ。
 


お話を伺った伊藤英晴社長(左)と鈴木雅臣副社長

 
その後、合併や吸収の誘い、あるいはOEMの申し込みも多かったがすべて拒否してきた。また株式は公開せず、今後も予定はないという。

株式を公開すると株主の意向に沿い、増収増益に向けた経営方針をとらざるを得なくなることもある。会社のカラーを変えてはいけないというのもアキュフェーズの経営方針なのだ。
 


今までに発売された製品がならぶ会議室

 
そして、黎明期の興味深いお話を伺った。製品の良さに加えて、営業の大切さを知らしめる逸話。

二郎は妥協を良しとしない理想を求める技術者だが、兄の仲一は優秀な営業マンだった。

販売店に聞いたこともない新しい会社の名刺を持ってやってきて、ましてや日本製としては今まで無かったハイエンド製品を売ってくれという。これですぐに「はい、分かりました」と仕入れてくれる販売店があるだろうか。

しかし、仲一は会社設立から最初の製品発売までのわずか1年間に130店もの販売店と契約を結んだ。

「営業マンが売るのは製品ではない。自分自身を売り込むのだ」という教えがここにある。
見たことも(オーディオ機器だけに)聞いたこともない製品を、販売店は仕入れることにした。

仲一という人間を信用して。
 
 
 
 

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