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「英連邦横浜戦死者墓地」はどうして横浜につくられた?

ココがキニナル!

横浜にあるけどあまり知られていない外国人墓地、「英連邦横浜戦死者墓地」って、なんで横浜にあるんですか?

はまれぽ調査結果!

終戦後、英が横浜を管轄しており、犠牲となった戦死者を葬るため! なお、英では戦死者の遺体は現地で埋葬するという原則がある!

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ライター:松崎 辰彦

多くの戦没者が日本で永眠している



横浜にはいくつかの外国人墓地がある。
一般に知られているのは中区にある「山手外国人専用墓地」。横浜を代表する観光地にもなっている。他に「根岸外国人専用墓地」や「中華義荘」がある。

こうした外国人墓地の一つ、保土ケ谷区狩場町にある「英連邦横浜戦死者墓地」は広大な敷地を持ちながら、あまり知名度は高くない。十字架のモニュメントの下、清澄な空気と荘厳な雰囲気の中で、死者たちが永遠の眠りについている。

英連邦──イギリスとその植民地であった国家のうち、イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカ共和国・インド・パキスタン各国の戦没者たち。日本に来て天に還った彼らは、なぜここ横浜で眠り続けているのか。戦争の嵐の中、捕虜として来日し、生を終えた彼らの永遠の安息の背景を見つめてみた。
 


保土ケ谷区にある英連邦横浜戦死者墓地




“私たちは彼を心にとどめている”・・・異国で天に召された若者たち



JR保土ケ谷駅からバスで20分あまり。「児童遊園地前」という停留所で降りて、歩くこと数分。目指す英連邦横浜戦死者墓地に到着する。
まず左手にある記帳所に入り、名前を記入する。ここは観光地ではない、墓地だ。神聖な場所なのだと心が引き締まる。
 


入り口付近にある記帳所


目を上げると一群の墓地が広がっている。折からの強烈な日光を受け、およそ数百基はあろうかという墓石が光っている。約8ヘクタールという広々とした敷地に眠る御霊は1853柱。それぞれ、国家ごとに分けられた区域に葬られている。
 


無数の墓石が整然と並んでいる


墓石には本人の名前や所属部隊、死亡年月日が刻まれているが、さらにハッとする文言が目に入る。


HE WAS A BRAVE SON LOVED BY ALL EVER REMEMBERED
(彼は皆から愛され、思い出に残る勇敢な息子だった)

GOD HAS HIM IN HIS KEEPING WE HAVE HIM IN OUR HEARTSMOTHER
(神は彼を御手に召された 私たちは彼を心にとどめている 母より)

LOVINGLY REMEMBERED BY HIS PARENTS SISTERS AND BROTHER
(両親、姉妹そして兄弟から愛しく思い起こされる)
 
 


“享年24歳 彼は去った しかし、忘れ去られはしない”


──彼らを愛する遺族たちの思いがブロンズの墓標に浮かんでいる。没年は20歳前後の、まさに人生の入り口で命を召された若者が多い。
この人たちはどこからきて、なぜここに眠っているのだろう。