桜木町ぴおシティの中はどんな感じ?
ココがキニナル!
ディープな横浜の玄関口「桜木町ぴおシティ」について詳しく知りたいです。どんな目的で生まれた建物なのか、また、今どの店がアツいのかなど調べていただけたら嬉しいです。(maniaさん、pjさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
「桜木町ぴおシティ」は駅前再開発のため、1968(昭和43)年に建てられた。アツいお店はいくつもあるので、ぜひ自分で体感していただきたい!
ライター:松宮 史佳
複数の方からキニナル!が寄せられた「桜木町ぴおシティ」とは一体どんな所なのか?
松宮もキニナルので早速JR桜木町駅へ行き、「桜木町ぴおシティ」の事務所へ。
野毛ちかみちから
出口東を出て
「桜木町ぴおシティ」事務所に向かう
「ゴールデン文具」を経営し、「ぴおシティ商店会」会長を務める平出揚治さんにお話を伺った。
「桜木町ぴおシティ」の歴史
平出さんによると、戦後、桜木町駅前には協進デパートのほか、パチンコ店や喫茶店、飲食店ができたが「1つにまとめよう」と7人の地主が駅前の再開発を計画。
平出さんは「ゴールデン文具」としては二代目(創業は明治31年)。
「親父の代の話なのでわからないが、建物が完成する5年ほど前から計画されていたと思う」とのこと。
桜木町ぴおシティ商店会会長の平出揚治さん
「当時から計画があった地下鉄の乗り入れ」を条件にし、横浜市の指導のもと1968年(昭和43年)5月に「桜木町ぴおシティ」(以下ぴおシティ)は完成。当時はオフィス、ショッピング、飲食店街の“複合施設”は大変めずらしかった。
歴史を感じさせる「ぴおシティ」外観
「ぴおシティ」はビルが完成した当初、「株式会社ゴールデンセンター」と6名が所有していた。その後、1981年(昭和56年)には「三菱地所株式会社」と6名の所有に。現在「ぴおシティ」は「横浜協進産業」ほか4名の区分所有ビルとなっている。
なお、「ぴおシティ」の正式名称は「桜木町ゴールデンセンター」。実は「ぴおシティ」という名称は通称で“皆に親しみやすい名前を”と「三菱地所」により付けられた。ちなみに“ぴお”とは「何語か忘れたけど“熱中”、“情熱を傾ける”って意味(平出さん)」らしい。
「ぴおシティ」は横浜市営地下鉄と直結
1989年(平成元年)3月には横浜市制100周年、開港130周年を記念し、みなとみらい21地区で「横浜博覧会」が開催。当時は東急東横線も桜木町駅に乗り入れており、「ぴおシティ」は非常に賑わっていたそうだ。
横浜市制100周年&開港130周年を記念して「ぴおシティ」商店会が作成したハガキ
1983年(昭和58年)にみなとみらい21の事業が着工し、整備が進んだが「『ぴおシティ』は年配がターゲットなのであまりみらとみらいの影響はなかった」と平出さん。
だが、みなとみらい線開業により2004年1月30日に東急東横線・桜木町駅が廃止されると人通りが激減。平出さんいわく、「東横線廃止は大きな痛手だった」という。
店内には空き店舗も
そこで、人の流入を図るべく2004年10月に競輪場外車券売り場「サテライト横浜」が、2010年12月には場外馬券場「ジョイホース横浜」がオープン。
「サテライト横浜」&「ジョイホース横浜」どちらも会員制
現在、「ぴおシティ」の来館人数は1日7千人ほど。「このご時世は他の商店街も厳しいと思うが、“専門性”に特化している店は活気がある」と平出さん。ちなみに、再開発の予定はと伺ったところ、「今のところ予定はない」とのこと。
「ゴールデン文具」100坪の売り場には600種の筆が!
平出さんがオーナーを務める「ゴールデン文具」は書道用品に特化した文具店で“県下随一”の品揃え。
472万5千円という明時代の墨
取材中に「硯を求めて栃木から来た」というお客さんに遭遇。…これはアツい。「他にアツい店はあるか」と平出さんに尋ねると、「賑わっていてアツい」という店を数軒教えてくれる。そこで、早速教えてもらった八百屋「浜っ子」へ!