横浜市内でもっとも古くからある「ラーメン店」はどこ?
ココがキニナル!
サンマー麺や家系など名物ラーメンの多い横浜ですが、現在横浜市内でもっとも古くから営業しているラーメン屋さんはどこなのでしょうか?(maniaさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
家族経営の一般的な中華食堂を対象とした場合、麦田町の「奇珍樓」と伊勢佐木町の「玉泉亭」が共に大正7年創業で、最も古いのではないかと思われる
ライター:河野 哲弥
本牧の歴史と共に、大正7年創業「奇珍樓」
最初に訪問したのは、本牧通り沿いにある「奇珍樓」。JR石川町駅とJR山手駅からはほぼ同距離で、歩いて10分ほどの場所にある。
「奇珍」とあるが、正式な屋号は「奇珍樓」
同店を運営する、黄さんご一家
お話を伺ったのは、向かって左から2人目、現社長の黄国栄(こう・こくえい)さん。店内には、同店の歴史を記したパネルなどが飾られているが、実は少し間違っているのだとか。改めて、「奇珍樓」の正史を教えていただくことになった。
黄さんの祖父が、広東省から日本に来たのは1917(大正6)年とのこと。その翌年、本牧小港町(現在の山手警察署近辺)に「奇珍樓」を開店。
また、1921(大正10)年、当時の十二天(現在のマイカル本牧近辺)に支店を持つことになった。気になる屋号については、奇妙や珍スポットのような意味ではなく、「貴重」という意味の「めずらしい」を重ねたものであるらしい。
その後1942(昭和17)年、戦時統制のため、港付近には外国人が住むことはできなくなり、この地に移転。以来、今に続いている。
移転した当時の同店
同じような角度から、現在の同店
昔の写真でノレンがかかっているのは、同時に展開していた「すし店」のもの。ここは現在、倉庫と大人数用の宴会席になっている。
不思議なのは、「樓」の字が消えてしまっていること。この点について黄さんは、「みなさんから『キチン、キチン』と呼ばれていたので、それに合わせるようにした。
ただし、正式な書類などには『奇珍樓』を使用している」と話す。
店内の様子、クーラーの下には、「すし店」時代の屋根が残っている
同店の基本的な味付けは、創業以来、ほとんど変えていないそうだ。では、黄さんオススメメニューを、いくつか頂いてみることにしよう。
10日間かけて煮込む指より太い「タケノコ」
まずは定番の「ラーメン」500円。
何といってもその特徴は、4本乗っている、極太のタケノコである。厚さ3ミリ程度の乾燥したものを、約10日間かけてじっくり煮込むのだそうだ。シナチクとは違った柔らかな歯触りが絶品。
タケノコとは対照的な極細麺が、トンコツベースのスープと良く合う
また、常連の間で人気なのは、「五目焼ソバ」900円なのだとか。
かなり甘めの味付けになっているが、揚げた麺の香ばしさがアクセントとなっていて、思っていたよりアッサリ食べられてしまう。お好みで、からしやお酢をかけて頂く。
色合いが鮮やか、具も豊富に使っている
約100年続くヒケツを伺ってみたところ、「他の店とは少し違った甘めの味付けなので、それが常連さんに気に入られているのではないか。『30年ぶりに来ても変わらない味だ』というようなことを、よく言われる」と、黄さんは話す。
また、いい材料を手間暇かけて料理しているので、やさしい味に感じられるのも同店の特徴。自家製シューマイは、通常価格の約2倍もする肉を使っているそうだ。