さらば黄金劇場!完全閉店から5ヶ月経過した今は?
ココがキニナル!
黄金劇場が完全に閉店してからはや5ヶ月が経ちましたが、当時のことを思い出すと胸が締め付けられそうです。最後にいまの状態をレポートしてください!(ワタシハマボロシさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
かつて繁栄をみせた「黄金劇場」は、当時の面影もなくなっていた。黄金劇場の連載最後は、元オーナーの島根和子さんに直撃インタビューを敢行。
ライター:はまれぽ編集部
あれから5ヶ月
あれから5ヶ月経過した今、元・黄金劇場はどうなっているのだろうか。常連客だった方はもちろん、読者の方々でもキニナル方は多いかと思う。
そこで現在の様子をレポートすべく現地へ行ってみたところ、その外観は当時のものとはうって変わって別の建物になっていた。
元・黄金劇場外観。当時の面影はない
ある程度想像はしていたが、ここまで様変わりしてしまった建物を目の当たりにすると、何とも言えない孤独感を感じてしまう。では現在の所有者はいったい誰なのか? 近隣の方に話を聞いてみたが、詳しいことはよくわからないそうなので、以前取材に協力いただいた、黄金劇場で働いていた元・踊り子のYさんに話を伺った。
灯りのない劇場の看板
Yさんによると、建物の所有者は現在、別の手に渡ってしまったという。詳しいことは分からないが、今後は地元の人たちが集まるような集会所になると聞いているとのこと。現在の外観になったことは少し前に知ったらしく、見た時はショックを隠せなかったそうだ。
そんなYさんは、現在飲食店で働きながら第二のステージを歩んでいる。そんな彼女に最後の言葉をいただいた。
当時、店頭にあった踊り子さんたちの集合写真
「足しげに(劇場へ)通っていただいた皆さんと会えなくなって寂しいけど、あのころの思い出があるからこそ生きていける。黄金はもうなくなってしまったけど、私は私の道を歩みます。皆さんも思い出を胸に自分の道を進んでください」
当時のことを語る彼女の瞳が誇らしげだった。
元オーナーの島根和子さんから最後の言葉
黄金劇場の最後を締めくくるのは、元オーナーである島根さん。現在は実家の千葉県へ戻り、Yさんと同様、新たな道を歩んでいる。違う業種かつ慣れない仕事で忙しい最中、直撃取材を決行した。
かつての受付。写真を見ているだけで中から島根さんの声が聞こえてきそう
「いまは某所で慣れない仕事でてんやわんや。でもこうして元気で生きてます(笑)。辛いことはいろいろあるし、腹立つこともたくさんあるけど、黄金で出会ってきたお客さん、踊り子たち、従業員のみんなの顔を思い出せば、私はいつでも元気でいられるよ」
かつて黄金劇場の2階にあった楽屋兼待機所
相変わらずの大きな笑い声で島根さんは続いてこう語る。
「閉店の挨拶をひとりひとりにできなかったことだけが心残り。でも後悔してばかりいたら前に進めないでしょ。だから私は笑うんだよ、笑っていればきっと良いことがあるはず。だから皆さんも笑顔でいてください。笑う門には福来たるですわ」
相変わらずのパワフルな生き方はまだまだ健在のようだ。
取材を終えて
2012年2月より今日まで、約1年9ヶ月にわたり黄金劇場を追いかけ続けてきた。
取材を続けていくうちに、劇場の背景には「風俗」というひとくくりでは語ることができない人間模様や時代が詰め込まれていたのは事実。
横浜にかつて存在した「黄金劇場」。その思いは語りつがれていくことだろう。
―終わり―
1.摘発された老舗ストリップ「黄金劇場」の実態とは? (掲載日:2012年2月22日)
2.経営者が再び逮捕された老舗ストリップ「黄金劇場」の現状は? (掲載日:2012年7月2日)
3.老舗ストリップ劇場「黄金劇場」が再開したって本当? (掲載日:2012年9月6日)
4.老舗ストリップ、黄金劇場が閉店するって本当? (掲載日:2012年12月1日)
5.休業となった老舗ストリップ「黄金劇場」、その後の進展は? (掲載日:2013年3月1日)
6.ついに完全閉店となった黄金劇場、その経緯とは? (掲載日:2013年7月2日)
bubukaさん
2019年06月28日 11時31分
あれもダメこれもダメと締め付けるから性犯罪が増える。マジつまらない時代だ。
ピエロさん
2014年03月09日 11時35分
毎年どこかで劇場が閉館や休館する。去年は2館が閉館しました。千葉県からはその灯りは消えてしまった。以前は200軒以上あったのに今では20数軒です…住みやすい街を作るのは良いのですが、心はどこへ住めばいいのでしょうか?
角さん
2013年12月11日 22時56分
なんとなく、あの看板を京急の車窓から見ていた私は「大人の階段」的なイメージがあった。で、ストリップにも学割がある事に驚きです。