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横浜市内18区の区名の由来Ⅲ【昭和44年編】

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横浜市内18区の区名の由来を教えてください(KZさんのキニナル)

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今回は、1969(昭和44)年10月に作られた緑区、旭区、瀬谷区、港南区の由来をお届け!

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ライター:田中 大輔

市内18区の区名の由来を4回に分けて紹介するこのシリーズも、今回が3回目。

横浜市内18区の区名の由来Ⅰ【区政施行時編】
横浜市内18区の区名の由来Ⅱ【戦前・戦後編】

この記事では、1969(昭和44)年10月1日に同時に誕生した4つの区についてお届けする。その4区とは、緑区、旭区、瀬谷区、港南区だ。
実は、この4区名はすべて公募で決められたもの。なので、これまでに紹介した歴史の長い区に比べるとわりとシンプルだ。

でも、探ってみると意外と知られていない面白いエピソードがたくさん見つかる結果となったのだ。



区民が自分たちで選んだ区名



横浜市は、新たにできる4区の名前を公募で決定する方針を固め、4区誕生の前年、1968(昭和43)年の「広報よこはま」11月号と12月号にて公募の受け付けを開始した。

はがきに新しい区名として付けたい名前やその理由を書き、一般市民が応募したわけだが、その総数は2057通におよんだという。

その結果を受け、当時の飛鳥田一雄市長をはじめ11名で構成された区名選定委員会での話し合いが行われた。それを議会にかけ、新たな区名が正式に決定される、というプロセスを経たのだそうだ。

ということは、平たく言ってしまえば一番多くの人が望んだ名前が付けられたんだろう、と思うのだが、実際はそうとも限らなかったようだ。



接戦を制した1位の候補が区名に

まずは、港北区から分区した緑区。
現在は市の北西側の東西に長い形をした区だが、誕生当時は現在の青葉区全域と都筑区の一部を含んだ大きな区だった。

その名の通り緑が多いのが自慢で、樹林や農地が占める割合を示す緑比率が市内で最も高い区だ。
 


緑区役所外観。今回は区政推進課に協力してもらった


市民の森のほか、農地も多く「浜なし」や「浜ぶどう」といった横浜ブランドの果物も含め、いろいろな種類の作物が育てられている。
 


区内の農地。鴨居駅近くには農業専用地区もある


新区名の公募では469通の応募があり、49通で最多得票を獲得した“緑区”がすんなりと区名に採用されている。

ただ、10%あまりで最多ということからも分かる通り、応募が割れて上位は接戦となったんだそうだ。

2位につけたのは、41通の応募があった「北区」。
最初に説明した通り、当時は現在の青葉区や都筑区の一部も区域に入っていて川崎市との市境に接していた。
そのために登場した候補だと考えられ、議会でも北区を推す声はあったそうだ。しかし、東京都にも北区があって紛らわしいこともあり、こちらは採用には至らなかった。
 


区を代表するスポット、新治市民の森。緑区の緑区たるゆえんが垣間見える


結果的には青葉区・都筑区の誕生で区域の北側が失われてしまっているから、もし北区になっていたら「もっと北に区があるのに、なんで?」というキニナルが出てきていたかもしれない。

北区のほかには、“川和”や後に誕生することになる“都筑”、“青葉”といった候補も見られる。
“港西”や“多摩”といった、土地の場所を示す候補もあったが、緑を保全したいという気持ちを込めて現在の“緑区”が採用されたというわけだ。