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保土ケ谷にある、江戸時代の船宿を再現した情緒ある店構えの老舗そば店「宿場そば 桑名屋」に突撃!

ココがキニナル!

保土ヶ谷駅そばの蕎麦屋 桑名屋さん。江戸時代の建物を再現した店構えや財津一郎さん似のご主人、蕎麦よりも江戸時代の保土ヶ谷宿の話を熱く語るなど、キニナル。(横浜橋のラッキーさん)

はまれぽ調査結果!

1886(明治19)年創業の老舗そば店。店は江戸時代の船宿をイメージした建物。店主は保土ケ谷宿や旧東海道を今に伝える活動に取り組んでいた!

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ライター:大和田 敏子

おそばが好きだ! 風情のある店でいただくおそばなら、それはもう格別。
そんな筆者に、うれしい取材依頼。・・・なんと、キニナルおそば屋さんは、江戸時代の建物を再現した建物だという。
 
 
 

「宿場そば 桑名屋」 江戸時代の船宿をイメージした建物!?


 


早速、お店のある保土ケ谷へ


JR保土ケ谷駅西口を出て徒歩2分ほどで・・・
 


「桑名屋」に到着
 

この佇まい、いいね!
 

財津一郎さん似と投稿にあったご主人はこの方! 近藤博昭(こんどう・ひろあき)さん


桑名屋は1886(明治19)年創業。近藤さんは4代目店主だ。ちなみに、保土ケ谷駅開業は1887(明治20)年。このころ、飲食店の開店も多かったらしい。

「桑名屋」という店名は、初代が三重県の桑名の出身だったことが由来。
「桑名も宿場町で、東海道五十三次の一つなんだよ」と付け加える近藤さん。早くも投稿にあった「江戸時代の話」が飛び出してきそうな気配だ。

キニナル趣のある店舗、実はそんなに古いものではないのだという。
 


この建物を建てたのは1991(平成3)年のこと


どうしてこのような建物に? そう尋ねると、近藤さんからは意外な答えが返ってきた。「そば屋が嫌いだったんだよ」と。

20歳の時、父が他界し、急遽、店を継いだが、当初はそば店がつまらなくて仕方がなかったそう。このままでいいのか、どうしたら楽しくなるのだろうと悩み続けた。「桑名屋らしさ、オリジナリティーがほしい!」と試行錯誤したという。
 


「好きな野球と繋げて、店を楽しくやれないかと思った時もあったね」


たどり着いたのが保土ケ谷の歴史。もともと歴史に詳しかったわけではなかったが、図書館で本を読んだり、当時、保土ケ谷区役所で行っていた勉強会に参加するうちに、すっかりのめり込んでいったという。

そんな時、安藤(歌川)広重の浮世絵、東海道五十三次『保土ケ谷新町橋(しんまちばし)』に「二八」と看板を出すそば店を見つけた。
 


人生を変えた、広重の浮世絵!(近藤博昭氏所蔵)


以来、保土ケ谷で、そば店をやっていることがおもしろいと思うようになった。
この時代、保土ケ谷に7軒のそば店があったことも分かっているそう。ちなみに、ほかの五十三次の絵には、そば店の看板やそば店に関連したものは描かれていないという。

保土ケ谷宿と結びつけて店のオリジナリティーを出そうという思いが、江戸時代の船宿をイメージした店舗建築につながった。深川江戸資料館に展示されている、江戸時代末期の深川を再現した街並みにあった船宿がイメージの原型だ。
 


あらためて店の外観。江戸時代の船宿はこういう雰囲気だった!?


実際に建築を依頼した時、引き受けてくれたのは、その深川江戸資料館の船宿を手がけた大工の棟梁だったそう。棟梁だけでなく、左官、屋根職人、表具師(ひょうぐし)、庭師などすべてが、今は少なくなった建築専門の職人だった。ちなみに、棟梁は桑名屋の建築を終えた後、両国にある江戸東京博物館の展示物の建築に携わったそうだ。
 


こちらは16席ある1階


江戸時代の船宿を再現したこの建物は釘を1本も使わずに組まれているという。建築の専門家や学生が続々と見学に訪れ、大変な時期もあったそうだ。そんなに貴重な建物だとは驚きだ!
 


木材や壁には、意図的に古びた感じを出している


2011(平成23)年の東日本大震災の時は、かなりの揺れがあったが、歪みや隙間ができることは全くなかったという。江戸時代の建築にすごく興味がわいてきた。
 


東海道五十三次の宿が書かれた下駄箱。席数は46なのに下駄箱は53!
 


近づいてみると、こんな感じ
 

2階へ
 

少し急な階段
 

2階は30席
 

広重の東海道五十三次の浮世絵が飾られている


実は近藤さんの親戚に摺師(すりし)の方がいたそうで、これらはコピーや印刷ではなく、すべて本物の版画だ! 近藤さんは五十三次すべての版画を所蔵されているそうだが、ここに飾られているのは、日本橋から藤沢までの宿のもの。
 


天井には、しっかりした梁が見える!
 

2階席の半分は、保土ケ谷宿の資料、展示物で占められていた


保土ケ谷宿について深く勉強する中で、さまざまな場で街や歴史を愛する仲間との関係を築いてきた近藤さん。「保土ケ谷宿場まつり」の立ち上げをはじめとして、天王町駅前公園の「帷子橋跡モニュメント」や国道1号線沿いの「保土ケ谷宿松並木プロムナード」などの事業を提案し取り組んできた。
 


帷子橋跡モニュメント


また、小学校、中学校、横浜国立大学などで、保土ケ谷宿の話をしたり、街歩きのガイドをしたりする機会も多いという。
 


「歴史を次の世代にどのように繋いでいくかと考えて活動したい!」
 

「保土ケ谷宿400倶楽部」の有志らと小学生が一緒に作った保土ケ谷宿の立体模型
 

歴史を生かしたまちづくり「まちかど博物館」でも先頭に立って活動


「まちかど博物館」は店先の空間などに、歴史や生活文化に関連した資料やなりわいの技術を物語る道具を展示したり、その店主がそれについて話をしたりする場所だという。桑名屋もその一つだ。

近藤さんは、今や保土ケ谷宿だけでなく、東海道に関するスペシャリスト的な存在で、保土ケ谷区だけでなく、横浜市や神奈川県の多くの事業に関わっている。

また、この2階では落語会も行われている。
 


メニューの隅に載っていた落語会の写真


もともと古道を歩くのが趣味だった桂歌助さん(桂歌丸さんの一番弟子)と知り合う機会があり、彼の真打昇進をきっかけに「東海道五十三次一宿一席宿場寄席」の活動を始めた。その時、桑名屋でも一席となり、この落語会がスタートしたそうだ。ここも東海道つながりだ!

「今は、五十三次どこにでも仲間がいるよ!」と近藤さんは笑顔で話す。