半分白いキュウリ!? 幻の名産品を栽培する「湘南きゅうり園」に突撃!
ココがキニナル!
相模半白胡瓜って、どんなきゅうり?かつての名産品だそうですが、取材エリア内の現状を取材してください。キニナル。(にゃんさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
昭和中期を境に栽培されなくなった調理にも適したキュウリ。市が把握する栽培農家は「湘南きゅうり園」のみ。買えればラッキーの非常に珍しい品種
ライター:福原 麻実
相模半白胡瓜(さがみはんじろきゅうり)。その名前から「神奈川のどこかにあった半分白いキュウリ」と何となく想像しただけで調査開始。そして、かなりの冊数の関連書籍を確認したが、ほとんど情報がない。
寝ても覚めても頭のなかはキュウリキュウリキュウリ・・・(フリー画像より)
神奈川県に住んでいても、本を読んでも分からない、かつての名産品。
名産品ということはそれなりの数量は出回っていたはず。それなのに、今は情報さえあまり残されていないキュウリ。いったいどんなものなのだろう?
かつての名産品、今はどこに?
あまりに相模半白胡瓜に関する情報が見つからず、むしろ栽培しているところを探すことにした筆者。あちこちへの電話とネット検索の結果「湘南きゅうり園」という、相模半白胡瓜を栽培している数少ない農家さんにたどり着いた。
無事に取材の許可をいただいたので、訪ねたところ・・・
近くのバス停から見た景色
景色における緑色の割合の多いこと。ここで育つ相模半白胡瓜。
まだ見ぬかつての名産品に、興味が湧く。
今回お邪魔するのは、平塚市にある「湘南きゅうり園」という、1971(昭和46)年創業のキュウリ専門農園である。平塚ってこんなに緑豊かなんだな・・・と歩き、到着。
お話を聞かせてくださったのは、吉川貴博(よしかわ・たかひろ)さん。
この方が、資料もなかなかない幻の胡瓜を育てているんだな
最初にハウス内を見学させていただいた。「湘南きゅうり園」が栽培しているキュウリは全部で7種とのこと。
キュウリの種類と言われても、浮かぶのは「普通のキュウリ」「ピクルスのキュウリ」「加賀太(かがふと)きゅうり」「毛馬胡瓜(けまきゅうり/大阪の野菜)」くらいである。前半2つ、品種の名前ですらない・・・。
こちらは「四葉(すうよう)」というキュウリ
凹凸があって面白い形
「うぐいす」という名前のとおり、きれいなうぐいす色のキュウリ
「相模半白胡瓜」については文献が見つからなかったし、せっかくなので当日までその姿を知らないまま行こうと考え、画像検索などをせずにいた筆者。ついに「かつての名産品」との対面である。
広いビニールハウス内には7200株のキュウリ。そのうち約200株が・・・
こちらの「相模半白節成(さがみはんじろふしなり)」だ
見事なグラデーション、これまた名前のとおり半分白い。
「相模半白節成」の誕生から衰退まで
「相模半白胡瓜」は正式には「相模半白節成」という。「その土地の産品として広く知られている」という「名産品」の定義に当てはまるかは資料がないため不明だが、非常に多く栽培されていた品種だそうだ。
周辺地域で栽培されていた「馬込半白節成(まごめはんじろふしなり)」という江戸野菜のキュウリを改良、選抜された種がこの「相模半白節成」である。
馬込半白節成(画像提供:大田区の史跡と歴史・浮世絵で探る江戸時代)
「相模半白節成」は上の緑色が濃い部分が顔、下の淡い色の部分が水中にある身体を連想させるので、市場では・・・
「河童」と呼ばれたそうだ(画:ふくはら)
夏野菜という印象の強いキュウリだが、この「相模半白節成」は初夏に旬を迎えるその早生性(わせせい)から、東京という大消費地へ、どの産地よりも早くキュウリを出荷することができた。
さらに「節成」という名が示すように、節ごとに実がなる多収性もあり、長く栽培が続けられていた。しかし、昭和中期に現在出回っている濃い緑色をした品種が台頭し「相模半白節成」は栽培されることがなくなってしまったのだ。
節ごとに実っているのが分かるだろうか
現在はこちらのキュウリが主流な理由とは・・・?(フリー画像より)
現在の品種が急速に広まった理由がまた興味深い。きっかけは1964(昭和39)年の東京オリンピックだったという。このころから食の欧米化が進み、日本人もサラダを食べるようになった。その結果、それまで主に漬物に利用されていたキュウリも、サラダにしたときに映える濃い緑のものが好まれるようになった。
確かにサラダには濃い色の野菜をよく使うよね(フリー画像より)