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【後編】「横浜高校の指定バッグ」が女子高生の間で大流行中の理由とは?

ココがキニナル!

女子高生が「YOKOHAMA」と書かれたバッグを持っているのを見かけます。男子校の指定バッグらしいのですが。彼氏のバッグなの? 入手経路や持っている理由を調査願います。(まさしさん)

はまれぽ調査結果!

「横高バッグ」は1990年代中ごろから流行。女子高生が使っていることについて、横浜高校も横浜高校の生徒も「悪い気はしていない」とのこと。

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ライター:幸谷 亮

横高バッグを使っている女子高生について横浜高校の見解は?



前編では女子高生に街頭インタビューをした結果、他校である横浜高校の指定バッグ(通称:横高バック)を使っている理由や入手経路が明らかになった。

続く後編では、女子高生はもちろん、他校の生徒が横浜高校の指定バッグを使っていることに対して横浜高校側はどう思っているのか、いつごろから人気を得たのか。そして、横高バッグの誕生秘話や歴史などをお伝えする。
 


京急「能見台駅」から歩くこと5~6分


横高バッグの生みの親「横浜高校」に到着

 
キニナル疑問に答えてくれたのは、保健体育科の教諭で公務主任の池田幸一(いけだ・こういち)先生(諸事情により顔出しNG)。まずはじめに、横浜高校の生徒以外が横浜高校の指定バッグを使用していることについて聞いてみると、「うちの学校のカバンが広く知れ渡っているということで、とりわけ悪い気はしていません」とコメントしてくれた。
 


池田先生の代わりに保健体育科の教諭で入試広報部・生活指導部長の山下晃生(やました・あきお)先生をパシャリ

 
確かに、女子高生の間で憧れの的となっている横高バッグだけに、学校側も少なからず“にんまり”してしまうのだろう。しかし、「犯罪に使われるなど、好ましくない利用のされ方をすると、今後はさらに規制が厳しくなるかもしれません」とのこと。

なお横浜高校には、3種類の指定バッグがラインアップしている。その内、今回のトピックになっているショルダーバッグは「通学かばん(小)」で、そのほか「通学かばん(大)」と「通学かばん(中)」の全3種類が指定バッグとして用意されている。
 


大きさの異なる3つの指定バッグ

 


横高バッグの知られざる誕生秘話



ちなみに、現在のバッグが使われはじめたのは、1987(昭和62)年のこと。今から実に30年近くも前のことである。それまでは、皮のバッグを採用していたが、「生徒から不評だった」ことを理由に、現在のナイロン製のバッグに変更。バッグにプリントされている「YOKOHAMA」という文字も、現在とは異なるフォントを採用していたそうだ。

当時、「学校に教科書を置いて帰ってはいけない」という決まりがあったことから、指定バッグは容量の大きい「大」と「中」の2種類しか用意していなかった。その後、校舎を整備して新たに生徒用のロッカーを設置。生徒に対して、学校側は教科書などをロッカーに置いて帰ることを許可するとともに、使い勝手のいい小サイズのショルダーバッグを作ったのである。
 


横高バッグがヒットを飛ばしたきっかけとは?

 


横高バッグが流行したことで生じたデメリットと対策とは?



その当時からじわじわと横高バッグが流行していたが、「エアマックス(ナイキのスニーカー)狩り」が問題になった1990年代の中ごろあたりに人気が高まったこともあったのか、同じように盗難が相次いだとのこと。

「その当時は各部活動が校外の試合におもむいた際、中身を出してバッグだけ盗まれるような盗難が頻発しました。学校内ではほとんどありませんでしたが、週末、学校にバッグを置いて下校すると、月曜日にはなくなっていた・・・なんてこともごくたまにありましたね。バッグの内側に名前を書く欄があるんですが、『鈴木』や『佐藤』『高橋』など、よくある名前が書かれたバッグはオークションなどで高値で取引されるという噂も聞いたことがあります」。

中には、教室の移動を伴う授業の際に、盗難対策としてバッグにチェーンの鍵を付けて席を離れる生徒もいたということで、その異常な人気ぶりが容易に想像できてしまう。
 


エアマックス狩りならぬ、「横高バッグ狩り」が流行していたようだ(イメージ画像)

 
なお、横浜高校出身で現在は福岡ソフトバンクホークスに所属する松坂大輔(まつざか・だいすけ)投手が甲子園で活躍する1998(平成10)年ころには、横高バッグが爆発的に流行していたとのこと。
 


横浜高校野球部は、松坂世代の1998年に春・夏連覇を達成(イメージ画像)