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ハマっ子の成長に欠かせない学校給食の仕組みとは?

ココがキニナル!

横浜市立小学校の給食の配送の仕組み、献立の決め方、歴史(献立と人気の今昔)等、レポお願いします!(ハマっこ3代目さん,aleutianさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

献立を決めるのは教育委員会と献立作成委員会。仕入れや配送は学校給食会が担当。物資が少ない時代から栄養を考えた給食が提供されていた!

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ライター:桐生 由美子

同年代の仲間と盛り上がるネタといえば、給食の話。
「あげぱんがおいしかったよね」「ソフト麺も好きだったなぁ」「くじらの肉かたかったね」・・・。

しかも、献立の内容で年代がバレてしまうところもおもしろい。
また、地域によっても献立が違うので、「何それ?知らない」なんて声が聞こえてくることも。

そこで、キニナル投稿内容をもとに、横浜市の給食について可能な限り調べてみることにした。



給食配送の流れ



まずは横浜市の給食献立がどんなふうに決まり、どんなふうに子どもたちに届くのかを調べるために、財団法人横浜市学校給食会へ行ってみた。
 


ご対応いただいたのは、常務理事の宮﨑保典さん


給食の流通について、宮﨑さんの話をもとにまとめると以下のようになる。

1. 横浜市では文部科学省が定める学校給食実施基準をもとに教育委員会で献立を決める
2. 決まった献立が横浜市学校給食会に報告される
3. レシピに基づいた物資を仕入れるために、業者に入札をかけて契約を交わす
4. 各業者は生徒人数分の食材を学校へ出荷する(届ける)
5. 学校内の給食室にて物資の検収や確認後、調理や味付けなどが行われる

野菜や米などは原型のまま納入。肉や魚などはレシピに合わせた形にカットし、冷凍して出荷する。生のままで届けることは衛生的に良くないので、冷凍食品のような状態にして届けているようだ。

学校給食会は教育委員会と締結して、各業者をまとめ、学校とのやりとりをスムーズにする役目を担っているのだ。



給食の歴史



そもそも「給食」という制度は、いつ頃から始まったのだろう?
宮崎さんに尋ねると、
「何十年も昔の献立表は、資料整理のときに処分してしまって残っていないんです。でも給食の研究をされている方からいただいた資料に、歴史も書いてあったと思いますよ」と、一部コピーを取ってくれた。

以下宮﨑さんのコメントといただいた資料をもとに、「給食の歴史」と「献立の変化」についてまとめてみた。

1944昭和19
栄養不足を補うための「ぞうすい給食」開始。
第二次世界大戦の末期頃、政府からの特別配給の米、みそなどを使った給食が市内一部の小学校で実施されたが、空襲の激化により中断。

1945昭和208月
脱脂粉乳による「ミルク給食」開始。主食は芋類。
 


昭和20年の給食。写真は、ミルク(脱脂粉乳)・みそ汁


1947昭和22
全国的に「給食」開始。
アジア救済連盟の物資やユニセフなどの援助を受けてスタート。女性の先生方が調理場でかまどに薪をくべ、脱脂粉乳ミルクをつくった。

1951昭和26
市内の小学校を対象に「完全給食」実施。
献立は脱脂粉乳ミルク、パン、おかず。脱脂粉乳が飲みにくかったため、数年後にはココアやハト茶、紅茶を混ぜるなど工夫さるように。タンパク質はくじら肉。
 


昭和27年の給食。写真は、コッペパン・ミルク(脱脂粉乳)・鯨肉のたつた揚げ


1954昭和29)年
「学校給食法」が公布。
「学校給食は児童生徒の心身の健全な発達、国民の食生活の改善」という目的のもとに実施。

1955昭和30
「財団法人横浜市学校給食会」設立(1947〈昭和22〉年から設立までは任意団体として活動)。
これまでは各学校が物資の発注をしていたが、給食会が共同献立や共同購入を担当するように。同時に「市給食学習指導懇談会」などが開催されるようになった。
 


昭和39年の給食。写真は、揚げパン・ミルク(脱脂粉乳)・おでん


1970昭和45
「ソフト麺」や「国産のビン入り牛乳」提供開始
ビニールパックに詰められたソフト麺は器に移し、カレーなどのソースを和えて食べた。この頃から果物も登場。

1976昭和51
「米飯」が正式に提供開始
横浜市は1981(昭和56)年6月から、カレーライスと牛乳の献立でスタート。その後、月2回、週1回と回数が増え、現在は米飯、パン、麺類などの主食と、バラエティに富んだおかずメニューで献立が組まれている。
 


昭和52年の給食。写真は、カレーライス・塩もみ・バナナ・スープ・牛乳
 


現在の給食。写真は、胚芽ごはん・ツナそぼろ・ごま醤油あえ・みそ汁・牛乳
(写真提供:横浜市教育委員会)