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磯子区の住宅街、東京モノレールの走行実験車庫の跡地があるって本当?

ココがキニナル!

笹下釜利谷道路の上中里交差点から坂道を登ると、枕木の塀で囲まれた建物がある。調べるとかつてここで東京モノレールの走行実験が行われていたそう。どのくらいの規模でどのように行われていたの?(GEOさん)

はまれぽ調査結果!

昭和30年代、東京モノレールのゴムタイヤの摩擦軽減や騒音対策の実験が行われた。実験場で使用された枕木を再利用するため塀に使用した。

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ライター:橘 アリー

タイヤの実験が行われていた



最初に、簡単にモノレールの構造について触れておくことに。
資料によると、モノレールのモノ(英語表記はmono)とは、日本語で“1つの”という意味で、モノレールは、1本の軌道(レール)に導かれて進む交通機関のこと。

 

走行中の東京モノレール(フリー画像より)
 

東京モノレールは、高架のコンクリートの桁(けた)そのものが軌道(レール)となり、ゴムタイヤを使ってレールを挟んで走行する構造となっている。2本のレール上を走行する電車と比べ、急勾配や急カーブに強いという特徴がある。

 

モノレールの台車部分。ゴムタイヤは軌道に接する(フリー画像より)
 

市原さんによると、杉田で行われていたという実験は、モノレールのゴムタイヤの摩擦軽減や騒音を解消するための試験だったという。そして、その実験を行っていたのは、この場所の所有者である道子さんのお父様、高橋憲雄(たかはし・のりお)さんだそう。

 

実験場で使用された188本の枕木は、塀に再活用された
 

東京モノレールは、1964(昭和39)年の東京オリンピックが開催された年に開業した路線である。ここでの実験は、東京モノレールの開業前に行われていたそう。

資料をもとに開業までの経緯を調べると、東京モノレールの前身の日本高架鉄道が発足したのが1960(昭和35)年のこと。翌1961(昭和36)年にモノレール工事の許可がおり、1963(昭和38)年に工事が始まった。1964(昭和39)年8月に試運転が行われ、同年9月に開業となっている。

東京モノレールは、計画から開業までが4年ほどで行われていて、ここでの実験は1960(昭和35)年から1964(昭和39)年までの間に行われていたと思われる。

 

東京モノレールに関する資料
 

その当時、憲雄さんは軌道(レール)に詳しい技術者で、国鉄の研究所から依頼を受けた。そのため、ご自身が所有していたこの場所に、車両車庫を兼ねた実験棟と走行用レールを設置し研究していたようだ。

モノレールの種類には懸垂式(けんすいしき:吊り下げるタイプのもの)などもあるが、東京モノレールは、1950年代にドイツで開発されたアルヴェーグ式という跨座式(こざしき:レールにまたがったタイプのもの)モノレールを採用。ゴムタイヤで走行することにより急勾配での性能や乗り心地が良いという特徴がある。しかし、ゴムタイヤの消耗が激しく、タイヤを大きくする必要もあると考えられた。

そのため、憲雄さんの実験は、「いかに摩擦を減らすことができるか」「適したタイヤの大きさはどのくらいか」「どうしたら騒音を減らせるか」などが目的で行われていたと思われるとのこと。

 

この小高い丘の上で実験が行われていた
 

車両車庫を兼ねた実験棟は、現在のログハウス部分にあたり、当時はコンクリート造りの建物だった。そのコンクリートには川砂利が使われていて良質なものだったので、ログハウスの骨組みとして、現在利用されている。オーナーの道子さんは、再利用への思いも強く、実験場で使用していた枕木も塀に活用したのだ。

 

赤丸がログハウスの梁。当時のコンクリートが見える
 

コンクリート面がよく見える屋外の壁面
 

屋根にあるコンクリート面
 

現在もコンクリートの状態は良く、コンクリートが上質である様子が窺(うかが)える。

 

ログハウス外の梅の木の先を進んで行くと
 

5~6メートルほどで敷地は終わるがその片隅に
 

実験に使われていた、軸とホイルが付いたままのタイヤが残されている
 

実験が行われていたのは、今から55~56年ほど前のことだが・・・

 

驚くほどタイヤの状態が良い
 

タイヤのほかにも鉄製の部品や
 

レールのようなものも残っていた
 

実験を行っていた場所の規模としては、ログハウス部分とタイヤなどが残されている庭の部分になり、約200平方メートルとのことだった。

 

タイヤが残されている辺りから見ると、このような様子
 

東京モノレール設置は、4年という短期間で計画から開業までが行われ、実験も慌ただしかったかも知れないが、開業前に無事に終わったようである。



取材を終えて



東京モノレールのタイヤの試験が行われていたのは、昭和30年代のこと。
現在、周辺は閑静な住宅地となっているが、当時は辺り一面、田んぼや畑だったそうだ。

 

実験が行われていたのは、この小高い丘の上
 

丘からは、キレイな水も湧き出ている
 

この周辺は、現在、近隣の方々の憩いの散歩道となっているようだ。


―終わり―


参考文献
『東京モノレールのすべて』
『モノレールをゆく』
 
 

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コメントする
  • ふるい胡座式モノレールが大好きなのですが、市内に実験線があったなんて初めて知りました!ライターさんどうもありがとうございます!!!良記事!

  • ごく近所に赤ん坊の頃からずっと住んでいるものです。この施設は私が小学生の1970年代にできたもので、それ以前は存在しませんでした。周囲の住宅や団地とは異質のコンクリートむき出しの建物は子供心にはちょっと気味の悪い建物でした。記憶違いでないか国土地理院が公開している航空写真アーカイブで確認しましたが1968年撮影の写真に全く存在していません。その後1975年撮影の写真にははっきり写っておりますので、少なくとも開業前の実験に使われたものではないと思います。なにか実験が行われたのであれば開業後の改良等の目的ではないでしょうか。荒れ放題でますます不気味さを増していた建物が数年前に綺麗なログハウス風になった時には驚きましたが、経緯等が判りとてもすっきりしました。

  • 由緒あるこの地にモノレールの車輪や部品や軌道が今も無造作に置かれたままというのはどういうことなんだろう。雨風に晒されて朽ちるまで待とうホトトギスなのか?八景のカズさんが仰ってるようにモノレール史において価値あるレガシィとして保存の方向でお願いしたいところであります。

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