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みんなのキニナル

    横浜市はみどりアップ推進と称して、みどり税を農家に注ぎ込んでいる?らしいですが、それにしては一部を除き、農地が荒れているような?いっそのこと、休耕田畑にお茶の樹を植えて、茶葉を収穫して紅茶や烏龍茶に加...

    ナチュラルマンさん

    らみぃさんに関連しますが、茅ヶ崎牛は県立茅ヶ崎里山公園近くにて畜産家が育てているようです。肉の直売もある? らみぃさんの投稿に併せて、生産家も取材して下さい。

    ナチュラルマンさん

    茅ヶ崎にある「バリック」というイタリアンのお店で、茅ヶ崎牛のお料理が食べられるそうです。茅ヶ崎の牛?どんな味わいなのか、ぜひ取材してほしいです!

    らみぃさん

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みんなのコメント

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横浜のココがキニナル!

鎌倉街道、大山街道などの街道を踏破して下さい。(jckさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

今回歩いたのは戸塚区舞岡町から東海道に出る戸塚区上柏尾町までの2.2km。次々に現れる緑多くアスファルト少ない古道の趣に大興奮の道のりであった

ライター:永田 ミナミ (2016年11月25日)

ここで改めて、「旧鎌倉街道」の呼び方について

このシリーズの第1回にも書いたが『中世を歩く』には次のようにある。

「鎌倉街道」という名称は公式なものではない。また、当時この名称が呼称として使われていたかも疑問であるという。当時の文献には「上の道」あるいは「大道」などの名称がみられるのみで、「鎌倉街道」という名称が一般化されるのは近世になってからというのが通説である。


今回の踏破行では、舞岡公園の手前で「かまくらミち」と書かれた石標に遭遇した。そのほか「ぐめうじ道」などを含めて、道中で見かけた石標に刻まれた元号はいずれも江戸時代のものなので、近世には「かまくら道」という呼び方が定着していたものと思われる。

 

夏草に覆われて見えないが「これよりかまくらミち」と刻まれている

 
現在は「中の道(なかのみち:鎌倉―中山―溝の口―二子の渡し―世田谷―赤羽―陸奥)」の神奈川県部分、つまり二子玉川を目指して歩いているが、この表記も『中世を歩く』に則ったものである。文献によっては「中道(なかつみち)」「中路(なかのみち)」「奥大道(おくのたいどう)≒中の道」といった記述もみられる。

同じことは「上の道(かみのみち:鎌倉―府中―高崎―信濃」「下の道(しものみち:鎌倉―朝比奈越え―金沢―蒔田―六角橋―丸子の渡し―浅草―千葉―上総または常陸)」にもいえるのだが、そういうわけで、このシリーズでは県道21号線「鎌倉街道」に対するものとして中世の旧道を「旧鎌倉街道」とよんでいる。

 

それでは前回の続きをどうぞ

 


旧街道全開

鶴岡八幡宮から旧鎌倉街道「中の道」を歩いて今回で第4回。今回も引き続き『中世を歩く』を片手に歩いていく。前回は、日限(ひぎり)地蔵尊を過ぎ横浜市営地下鉄下永谷駅入口交差点を入って横浜聖書バプテスト教会裏手の山に登ったところで、ぐっと旧街道らしい風景が現れた。

 

舗装が途切れて大興奮のこの風景の下あたりに実はブルーラインが走っている

 
さて、今回はここからである。教会裏の未舗装山道を抜けた先で目の前に現れたのは、人1人が通れるほどの細い道だった。

 

この獣道さながらの細道が旧鎌倉街道というんだからたまらない


高鳴る胸をおさえて踏み込んだ。まさかとは思うけど蛇が出てきませんように


と思ったら覆いかぶさるような藪は入口だけだった


進んでいくと景色は開けていき


左手には時代を飛び越えて想像がふくらむ、輝く草原が現れた


ちなみに右手はこのような眺めでこれはこれで趣深い


このワイルドロードは230メートルほどで終わってしまうのだが


その先も舗装道路というわけではなく


迫力ある砂利道を進んでいく


そんな道を抜けると


舗装道路の復活とともに目の前に現れたのは


実に複雑な交差点であった。いや辻と呼ぶほうがしっくりくるような


右はカーブを描いて山裾(やますそ)を縫う道路のようであり


左は車道には到底できない傾斜の山道が階段となって下っていく


そして旧鎌倉街道「中の道」はかろうじて車道となったこの尾根道である

 
このかろうじて車道となった旧鎌倉街道は『中世を歩く』にも交通量が多いと書いてあったが、なるほど道幅のキャパシティーを超える車が行き交っていて、鉢合わせかけてはバックしてというのを繰り返しながら何台もの車がすれ違っていた。

いざ鎌倉と馬を駆る武士が走り抜けた旧鎌倉街道はいまも、E難度の運転技術を要する車道として交通の要衝(ようしょう)となっているようだ。
 
 
いい眺めでつい足を止めつつ、先へ・・・キニナル続きは次のページ≫
 

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