南区中村橋交差点に英字の標識があるのはなぜ?
ココがキニナル!
国道16号南区中村橋交差点の上り車線信号機に「RIGHT.ONLY」と英語で書かれた標識があります。どういう経緯で英語の標識が設置されたの? そもそも英語の標識は法律上有効なの?(横濱マリーさん)
はまれぽ調査結果!
「根岸住宅地区」と在日米軍横須賀基地を結ぶ道路上の「右折専用」信号の標識。戦後占領軍が設置したものと思われる
ライター:小方 サダオ
米軍とともに治安維持をした「MPライダー」の見た戦後の日本とは
戦後間もなくは米軍と日本の警察の関係性は複雑だったようだ。
その様子が『MPのジープから見た占領下の東京』という文献から伺える。
MPライダーは米軍憲兵司令部に協力するために警視庁から派遣されていた日本人の警察官で、通訳の役割も果たしていた。
ホテルニューグランド前の衛兵 (画像提供:横浜市史資料室)
1945(昭和20)年8月14日のポツダム宣言の受諾から、1952(昭和27)年の対日平和条約が発効されるまでの7年間は、占領期として連合国総司令部・GHQによって日本の動向が決められた。
資料によると「MPライダー」の仕事内容は、「治安維持のために組織されたのが『MPライダー』で、担当地区をMPとともにジープに乗ってパトロールし、各警察署を巡回して事件の連絡や処理に当たった」とある。
市内の交差点に立つ米兵(画像提供:横浜市史資料室)
実務については「交通事故の調書は英文で『九十一様式』を作る。日本の様式と違って、全ての事故要因、違反形態を書き込む。事故当時のスピード、危険を感じた距離、事故後走った距離などを項目別に書き込み、最後の事故地点と状況の略図を書き、双方の主張を簡記すれば終わり。最後に立ち会いの日本側所轄警察官の官職氏名を書き込む。日本側警察のほうではジープバンパーのナンバーとサインをもらっておく」とある。
当時はMPが中心で事故の処理をし、日本の警察は立ち会いの役割しかなかったようだ。近隣住民の話でよく出てきた「米軍関連の事故などの事後処理はMPが中心になる」との内容は、米軍が主導して日本の治安維持に当たっていた状況の中で当然のことだったのかもしれない。
「事故と事故を起こした米兵の様子」については「事故処理に当たる我々に非協力的な軍属もいた。青梅街道で発生した事故で、抵抗する軍属を逮捕した。加害者は中国系のアメリカ人の軍属。乗用車を運転しリアカーに衝突、引いていた人は重体を負った。この軍属の態度が問題で、若干酒気を帯びているらしく、自分に非がないと勝手な主張をし、『お前らの国は負けたんだろう。日本の軍隊が中国で何をしたか知っているのか』などと無関係な話をし出し、MPにも悪態をついた」とある。
戦勝国であることのおごりや習慣や国民性の違いで、米兵関連の事故処理は難しかったようだ。
郵便局を出る米軍車両 (画像提供:横浜市史資料室)
さらに著者の所感として「勝利者の文化が必ずしも高く、敗戦国の文化がその反対とはいえない。交通事故でも以前の日本人は自負分が悪くなくても、お互いに気を使い無用の紛争を防いだものだが、アメリカでは謝罪をしたほうが過失を認めたことになるという」
「これまで日本では近所のトラブルや小さな過失が裁判沙汰になることはなかった。アメリカはなんでも裁判沙汰になり、そのため弁護士と法律が多いが、それは誇れることではないだろう。日本の文化の方が精神的に誇れるものを持っている」とある。
本牧映画館前を通る米軍関係の車両 (画像提供:横浜市史資料室)
交通事故を起こしても保険や裁判のことが中心となるアメリカ人の習慣からは、お互い様や相手を思いやるマナーなどは理解できないのかもしれない。そんなマナーの違いから起きる事故を防ぐため、少しでも交通表示を分かりやすくしようと投稿の英字標識も生まれたのではないだろうか。
取材を終えて
戦後73年経っても依然米軍の統治下にあるかのように、治外法権などが影響する事件や事故に遭う沖縄の状況を見ると、未だ戦後の戦争責任から逃れられない日本政府の現状がうかがえる。そして米軍関係者がほとんどいなくなっても残されている投稿の英字標識も、警察が米軍関連の事柄に関わりづらいことを暗に証明しているかのように感じた。
1972(昭和47)年の写真。信号灯の上下に二つの標識が付けられている。(C)路面電車のアルバム
-終わり―
参考文献
「昭和の横浜」(横浜市史資料室・平成21年)
「MPのジープから見た占領下の東京」(草思社・平成6年)
とーたすさん
2018年03月19日 11時42分
根岸米軍ベースの事を知ってればあの標識はピンときますね。知っている人もだんだん少なくなってきてるのかな
よこはまいちばんさん
2018年03月18日 22時30分
子供の頃から良く通る交差点なので、根岸米軍住宅関係者向けの表示板だと知っていました。しかしあの交差点(信号)は「右折専用」となっているにもかかわらず、殆どの車両はウィンカー出さずに進行しています。逆に自分は意地でも?必ずウィンカーを出して進行していますが、目の前は交番で度々パトカーも取締りしている交差点なのにウィンカー出さずに右折している車両は全く放置の方がキニナッテ仕方ない。
にゃろさん
2018年03月16日 17時12分
とても面白く読んだが、4ページに唐突に「未だ戦後の戦争責任から逃れられない日本政府の現状がうかがえる。」の一文が奇異に感じる。