山一帯が墓域? 京急富岡駅前の山中にある墓所群と謎の史跡とは
ココがキニナル!
京急富岡駅東口を降りると、向かいにそびえる山。上るとたくさんの墓地や一軒家、畑のほか、Googleマップを見ると「経塚」という歴史的なものがあったり・・・。気になります(ねこみくさん)
はまれぽ調査結果!
山中に墓所群がある理由は、富岡の地形と江戸時代の村の状況にあった。ちなみに「経塚」は仏教の末法思想に基づいたタイムカプセルのようなもの
ライター:小方 サダオ
経塚は何のために作られるのか
最後に、山中に建っていた「経塚」だが、これは一体どんな史跡なのだろう。
『平安時代の埋経と写経』という文献を調べてみると「経塚とは1000年前の平安時代に末法思想(まっぽうしそう)を元に作られたタイムカプセルのようなもの。仏教では釈迦入滅後の世界を正法(正しい仏法が行われ悟る者が出る時代)、像法(正しい仏法が行われず悟れない時代)、末法(教えだけが残り悟りを得られない時代)の3つに分けられる」
「末法の世では釈迦の代わりに地上に降りてくる弥勒如来の救いを待つしかない。56億7千万年後の未来に弥勒如来が下りた時、釈迦の言葉が滅んでいたのでは救いは得られない。そのためお経を保存する経塚が生まれた」とある。
各地の経筒と外容器
しかし経塚を作る理由は末法思想によるものだけではなかったという。
「当時の人々は本当に未来の救いを信じていたわけではなく、自らの浄土往生や死者の冥福を祈る追善のための仏教的な善行を行うために作った場合もあった。平安時代の中ごろ1007年の経塚が最古とされる。天台宗の僧侶が考え出したもので、加持祈祷のために出入りしていた貴族たちに広まった」
「経塚は形を変えながら連綿と続き、現代でも経塚を作っている。一般に寺院や神社の境内にある。貴族たちは独力で作るが、経済力を持たない者は何人かが協力して一つを作った」
福岡県豊前市で発見された経塚
「中には中心となるお経(紙に書写して巻物とした経巻。多くは法華経)とそれを入れる経筒・外容器(陶製が主流)とそれらに添える鏡などの副納品を納めた」
法華経の経巻
経巻や経筒
経塚は末法思想を信じる人だけではなく、仏教の善行として作られる場合もあり、お寺の奉納として建て直した、というNさんの理由も同じものといえよう。
経塚はさまざまな場所に作られた
続いて文献などを参考に、富岡の近くで経塚が発見された場所に行ってみることにした。
投稿の場所(青矢印)。建長寺 (緑矢印)。田越川の遺構(紫矢印、Googlemapより)
文献『発掘された御仏と仏具』によると、鎌倉の寺として格式の高い建長寺の境内でも、1934(昭和9)年に経塚が発見されたという。
「『建長寺経塚』は17世紀・江戸時代に、半僧坊へと登る旧道あたりに作られ、1934(昭和9)年に発見された。出土品は一石経(いっせききょう・石に一文字ずつ書いて経典を書写したもの)。凝灰岩(ぎょうかいがん・火山灰が堆積してできた岩石)の地盤に半径75センチ、深さ1メートルの穴を掘り、多量の一石経を納め、穴の上部には半径75センチ、厚さ25センチの石蓋をはめ込んだ」とある。
鎌倉の名刹・建長寺
建長寺の境内
半増坊道
半増坊
半増坊大権現の像
また逗子市には、経塚が集中して作られていた場所がある。経塚の遺構の案内板には
「田越川下流のこのあたりには、経塚という字名があり、いくつもの塚が残されていた。田越橋近くの経塚からは写経石(経文を示した小さい石)が出土した。この塚が唯一の遺構」とある。
田越川の近くの逗子遺構
経塚があった田越橋
建長寺はもちろん、投稿の場所や逗子に作られた経塚は、平安時代末期に誕生した「鎌倉仏教」の影響を受けたものなのかもしれない。
取材を終えて
先祖の追善供養として建て直された経塚の存在が、現地の人の先祖の菩提を弔う篤い信仰心を感じさせた。投稿の山は仏教的な善行と先祖を想う気持ちの重なる場所といえよう。
先祖を想う気持ちから再建された経塚
―終わり―
rekuyuさん
2024年08月25日 12時11分
駅前から富岡トンネル上の山に上がっていく坂を「曲がっ坂」(まがっさか)といいます。昔、川合玉堂が一時日本画を教えていた香淳皇后の父である久邇宮邦彦王(くにのみやくによしおう)を案内して海の見えるところまで上がったそうです。
B37_0C7さん
2017年12月11日 10時28分
地元民です。住宅街からふいと山道に分け入り、墓所を目印に目の前に広がる畑とその向こうに広がる海の景色がずっとお気に入りです。季節問わず、晴れた日の景色にはいつも癒されています。
ポスポスさん
2017年12月08日 18時12分
駅から墓地へ上がる山道のうっそうとした光景は、昭和40年代50年代を思い浮かべます。そしてすぐ横を電車が通り家も建ち、当時いろいろあったんだろうなぁと。面白い記事でした。