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中山駅前の怪しげな店「ミスティック」はどんなお店?

ココがキニナル!

横浜線中山駅、南口のミスドの向かいにあるミスティックというお店が気になります。婦人服店?の2階にあり怪しい雰囲気でなかなか入れません。とても気になるので調べてほしいです。(16さんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

中山駅前にある「ミスティック」はアーティストのマスターが経営している“昼は雑貨屋、夜はバー”になるお店だった!

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ライター:松宮 史佳

超ファンキーなマスターが登場!



階段を上りきって2階へ。

「…あのう…すいません」とおそるおそる声をかけると、楽器を持った長髪の男性が振り返る。男性は「ミスティック」のマスター、福田登志雄さん。気さくな雰囲気がとっても魅力的!

福田さんによると、1階の雑貨店「福田屋」は桐を製材する桐箪笥問屋と下駄や草履を販売するお店としておじいさんが90年ほど前にオープン。現在はご両親が経営されているとのこと。
 


「ミスティック」マスタ―の福田登志雄さん


福田さんは法政大学を卒業後、靴のメーカーへ就職。
しかし、“自然と一体化する”サーフィンに魅せられてしまい、1年で退職し、アメリカのL.Aへ。
 


店内にはセンスのよい服や雑貨が溢れている


仲良くなったアメリカ人から荷物を預かり、取りに来ないので開けてみたら女性物の下着だったり、買ったばかりの車が動かなくなってしまい、近くに停まっていたアヤしく車体が沈む車のトランクを開けたらバッテリーが出てきたり…といろいろなことがありながらも福田さんはアメリカ生活を満喫し、8か月後に帰国。「福田屋」を手伝っていたが、資金を貯めて再び渡米。

しかし、福田さんのおばあちゃんが亡くなり、帰国することに。

福田さんは「兄弟で男は僕だけだったので、店をどうにかしないと」という気持ちがいつも頭の片隅にあったそうだ。だが、お父さんと対立。「福田屋」2階には住んでいたが店は継がず、巨匠・黒澤明監督の「黒澤フィルム」でロケコーディネーターに。

ちなみに二度ほど見かけた黒澤監督はとても背が高く「ハンパない存在感があった」そうだ。

その後、退職し、8ヵ月オーストラリアに滞在。帰国後、「福田屋」の2階を自分で改装して、1989年に「ミスティック」をオープンした。
 


このドアも福田さんが作成。なんでもドアノブは英国まで買付に行ったとか
 

1989年、オープン当初の「ミスティック」店内
 

初期の頃の店内。ショーケース上にいるのはマスターの愛猫“ラブ”