ワンランク上のおもてなしをあなたに・・・ | イチオシプレミアム

ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

靴専科 綱島店|横浜市港北区のシューリペア工房
町のかかりつけ医・関内編
まちの不動産屋さん

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    昔、桜木町駅が横浜駅だった事から、京浜東北電車が桜木町どまりだった頃は、桜木町までも東海道本線の枝線だったが、磯子、大船への延伸により、横浜駅から戸籍上独立した根岸線となった。さて、計画中、建設中は桜...

    ushinさん

    センター南駅前のサウスウッドとVeLeVの境界線のタイルが明らかに他のタイルと大きさや色が違います。何か理由があるのでしょうか?

    セン南のプラモ野郎さん

    横須賀の野比の海岸沿いの道路が崩れてしまったと知ってショックです。楽しい楽しい「みういち」こと三浦半島一周のコースが被害を受けた事が残念です。復旧まで自転車は通りにくくなってしまうかな、と心配してるサ...

    タロー先生さん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

そろそろ梅が見どころの季節。どのエリアに梅を見に行きますか?

横浜
川崎
湘南
横須賀・三浦
そのほか
興味なし

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
東京都と比べてなぜこんなにも差があるの!? 横浜市の小児医療費助成の詳細に迫る!
2位
コレなんて読む?市内の難読地名をご紹介!
3位
子どもがのびのび遊べる! キッズスペースがあるレストランを徹底調査!
4位
横浜市の公立中学は、なぜ給食がないの!?
5位
9年間の義務教育を行う「小中一貫校」、そのメリットやデメリットとは?
6位
待機児童ゼロとうたう横浜市、「保留」の扱いとは?
7位
コレなんて読む?市内の難読地名をご紹介!第2弾
8位
戦後70年。戦争の悲惨さを振り返る。元特攻隊員、手塚久四さんが語る特攻隊の真実とは?
9位
神奈川県立高校が一気に統廃合されるって本当?
10位
365日24時間勉強している人がいる!? 横浜市内の「24時間自習室」事情を徹底調査!
11位
給食のない横浜の中学校で、7月1日に始まった「ハマ弁」の味は?
12位
使い勝手が悪いと言われた海老名市中央図書館の実体は?
13位
コレなんて読む?市内の難読地名をご紹介!第4弾
14位
コレなんて読む?市内の難読地名をご紹介!第3弾
15位
神奈川屈指の進学校「栄光学園」が上智大学と合併する?
16位
横浜市が小児医療費助成の対象を小学3年まで拡大! その詳細は?
17位
コレなんて読む?市内の難読地名をご紹介!第5弾
18位
南高等学校附属中学校、普通の公立学校との違いとは?
19位
2年続けて大荒れだった横浜市の「成人の日を祝うつどい」、今年の様子は?
20位
防災頭巾があるのは常識じゃないの!?その歴史と性能は?
21位
お魚と多摩川の命をつなぐ「おさかなポスト」って何?
22位
事故から35年。青葉区の母子3人が亡くなった横浜米軍機墜落事件って?
23位
中華学校に日本人児童が増えてるって本当?
24位
横浜市内で一番敷地面積が広い学校ってどこ?
25位
横浜市立の幼稚園がない理由は?
26位
公立小中学校がないみなとみらい地区。ここに住む子どもたちの現状は!?
27位
多摩川沿いにそそり立つ川崎総合科学高校は、全国一「高い」って本当?
28位
横浜駅自由通路前「赤い靴の女の子」はいつ設置された?
29位
給食のない横浜の公立中学校、7月開始の「ハマ弁」の詳細は?
30位
江の島にある児玉神社ってどんなところ?
ハマの永遠番長! 横浜に野球人生を捧げた、三浦大輔さんを徹底解剖!
「はまれぽアプリ」で新着記事をソッコーGET!
教えて○○さん!
イベントカレンダー2017年2月

横浜のココがキニナル!

港の見える丘公園に「愛の母子像」という像がある、「横浜米軍機墜落事件」について調べてください。(marさん、mimiaさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

幼児2名は全身熱傷、母・和枝さんは壮絶な4年間の末に他界。反安保・反自衛隊、米軍相手の日本初の判決など波紋が大きい事件だった。

ライター:吉岡 まちこ (2013年02月18日)

岸根公園は、死体置き場だった?」の記事の最後でも触れた「横浜米軍機墜落事件」。
今から35年前の1977(昭和52)年9月27日、厚木基地を飛び立った米軍機が、緑区荏田町(現在の青葉区荏田北)に墜落し、母親と2人の幼い子どもが亡くなった事件だ。

事故について詳しく書かれた書籍『米軍機墜落事故』(河口栄二著/朝日新聞社)や、亡くなった土志田和枝さんが生前書いた日記をまとめた著書『あふれる愛に』(新声社)をもとにし、また遺族の方にお話を聞き、経緯や波紋を探ってみた。
 


港の見える丘公園にひっそりと佇む「愛の母子像」は、墜落事故の犠牲者




パイロットは脱出。無人のファントム機が墜落した

厚木が米軍の一大海軍基地となったきっかけは朝鮮戦争だった。以来、県の調べでは米軍機墜落の事例はなんと64件。多くはアメリカ人パイロットが死亡しているが、日本の住民8名が巻き込まれている。

さらに1973(昭和48)年、空母ミッドウェーが横須賀を母港としてからは、空母に搭載する艦載機のタッチアンドゴー訓練のために厚木基地が使われ、軍用ジェット機の離着陸ががぜん激しくなった。今回取材した墜落事件の背景もそこにある。
 


青葉区大場町の鉄塔。厚木を離陸した機体はこれを目印に海に旋回していたという


その日、戦術偵察機RF-4Bファントム機は、厚木から千葉県館山の東南沖に待機する空母ミッドウェーを目指し離陸した。
ファントムといえば一時代を築いた超音速戦闘機。事故を起こしたのはその偵察機型で長さは約19m、重さ26tの機体だ。

離陸後すぐエンジンから出火し、2名の乗員はパラシュートで即時脱出。ジェット燃料を満載した無人の機体は緑区の上空に取り残され、火を吹き轟音を立てて墜落した。離陸からわずか3分後のことだった。

墜落現場は宅地造成中で家もまばらだったが、炎は一瞬で6軒の家を焼き尽くし、9名が負傷。中でも、墜落の衝撃で分解したエンジンが直撃した土志田和枝さん(当時27歳・亡くなった時の姓)と、ご主人の妹(26歳)は、衣服が焼け落ちた姿で2人の子どもを抱え、黒煙の中から飛び出して来たという。

4人のやけどは最もひどい “全身熱傷3度”の状態。和枝さんの長男・裕一郎くん(3歳)、次男・康弘くん(1歳)のやけどは体表面積の100%に達していた。
 


現場は閑静な住宅街。
まだ土だったここに墜落の衝撃で4mの穴が開いたという


墜落時の熱風は30m離れた地点でも肩にやけどを負ったほどだそうだ。晴れた夏の昼下がり、アイスクリームを食べての団らんは一転。のどの渇きに苦しみながら、長男は深夜に、次男は明け方に、二人は母とは別の病院で亡くなった。

パイロットのパラシュートは墜落地点から約3km離れた緑区鴨志田に着地した。連絡を受けた海上自衛隊の救難ヘリは無傷に近い二人のパイロットだけを助け、墜落現場に向かうことはついになかった。
 


まだできたばかりの公園が最も激しく延焼した。今は事故の面影もなく静か




子どもを失った和枝さんの壮絶な4年4ヶ月を追う

子どもたちの死を知らされなかった母・土志田和枝さんの壮絶な4年と4ヶ月はここから始まる。

その記録は、和枝さんのお父さん土志田勇さんが書いた『「あふれる愛」を継いで』(七つ森書館)に詳しく、事故現場や火を吹くファントム機の写真など貴重な資料もまとめられている。
 


右は土志田和枝さん自身の日記をまとめた本。
左はお父さん・勇さんの著書


一ヶ月もの危篤状態を抜けると、敗血症などの感染症を防ぐため、硝酸銀の薬浴に漬かるという厳しい治療が始まった。壊死した皮膚をはがすにも衰弱のあまり麻酔は使えない。想像を絶する苦痛に耐えたのは、子どもたちに会うためになんとしても生きようとしていたからだったという。

皮膚移植が始まると今度は、繰り返される麻酔がのどを傷つけ呼吸困難におちいった。以降、のどを切開しカニューレという管が呼吸を助けることになる。移植で皮膚は伸縮性を失い、歩行もできなくなった。
 


東京新聞が呼びかけた皮膚提供の募集には1500人もの申し出があった
(『パパママバイバイ』より)


42名からの皮膚提供を受け、車椅子で一時帰宅もできるほどに回復した事故から1年3ヶ月後、家族から和枝さんに子どもの死が知らされた。

書籍には、窓口となった防衛庁施設局への恨みが増し、職員を大声で責め立てた事実も赤裸々につづられている。
子どもの死を知ってからの心理的リハビリは、和枝さんの精神をますます混乱させ、ご主人とも離婚。

仮退院時もカニューレのあるなしにかかわらず、深夜になると呼吸に苦しみ、幾度となく救急車を呼ぶが、しまいには心因性のものとされ救急車の対応もなくなっていった。

病院の勧めでなかば強制的に精神病院へ転院。和枝さんのショックは相当だったそうだが、退院してからの夢も語るようになった矢先、心因性呼吸困難で31歳の生涯を閉じた。

子どもたちの死を知ったその日の日記を、緑区北八朔町(きたはっさくちょう)の「和枝福祉会」にある喫茶室「ぽっぽ」で見つけた。和枝福祉会とは、「元気になったら福祉の仕事で恩返しがしたい」と願った和枝さんの遺志を父・勇さんが継いで設立した施設だ。店名は、次男が “鳩ポッポ”を歌いながら亡くなったことにちなむ。
 


実物を見ると胸に迫るものがある、和枝さんの手記
 

折り続けた千羽鶴も手紙もプレゼントもむなしかったことを知る
 

和枝福祉会は知的障害者の授産所など、市内に4つの施設を持つ



和枝さんの実兄が語る思いとは・・・キニナル続きは次のページ!  
 

最初へ

前へ

1

2

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play




【関連記事】

ルート変更があった『あかいくつ』バス、どう変わったの?

横浜港から金環日食がよく見える場所はどこ?

【横浜の名建築】横浜市指定文化財 山手111番館

フランス山階段脇にある謎のトンネルはいったい何?

桜木町から信号なしでどこまでいける?