【横浜の名建築】横浜市指定文化財 山手111番館
ココがキニナル!
横浜にある数多くの名建築を詳しくレポートするこのシリーズ。第2回は、港の見える丘公園にある、山手111番館。小ぶりでかわいい西洋館には、オーナー夫妻のロマンティックなエピソードが眠っていた。
ライター:吉澤 由美子
ワシン坂の頂上近く、港の見える丘公園の片隅に小さな西洋館がある。
低い門の先に広い前庭があり、15mほどのアプローチがまっすぐ伸びていて、建物の正面に特徴的な3連の柱のあるパーゴラ(藤棚)が見える。
ワシン坂の門から眺めた山手111番館正面
歴史的な建造物が多い山手地区の中でも山手111番館は、美しく整えられたローズガーデンや芝生の庭にしっくりなじんでいて、今でも誰かが住んでいるようなイキイキとした印象がある。
パーゴラ下にポーチ。上のガラスは公開時に保護のため付け加えたもの
施工主ラフィンと建築したモーガン
案内していただいたのは、(財)横浜市緑の協会事業課の山手111番館、館長、五十嵐貴子さん。
上品でにこやかな五十嵐さん
この建物は、日本に数々の名建築を残したアメリカ人建築家、J.H.モーガンの設計で、1926年(大正15年)に建てられた。
モーガンが建築事務所を開いて間もなくの作品で、スペイン風の外観は同じく山手にあるベーリックホールや、自身の邸宅であるモーガン邸にも引き継がれている。
赤い瓦に白いスタッコ仕上の壁。1・2階は木造だが、地階は鉄筋コンクリート
建築をモーガンに依頼したのは、アメリカ人で港湾関係の陸揚げ会社や両替商を経営する実業家ラフィン。
白い壁にアクセントを添える緑
建物をぐるりと回ると土地の高低を生かして建っていることが見て取れる。
正面からは2階建てに、海を臨む東側からは3階建に見える。
東側から見える一番下は、地階。
サーバントスペース(使用人の部屋)やガレージ、ボイラー室などがここにあった。
東側のローズガーデンから見上げた山手111番館
現在は、「えの木てい」が地階に入っていて、お茶やお菓子を楽しむことができる。
灯りもそれぞれ違う凝ったデザイン
愛妻家ラフィンとミヨ夫人の運命的な出会い
航海中、乗船していた船が急きょ修理の必要を生じ、横浜に寄港。
ラフィンは当初予定になかった横浜の地を踏んだ。
修理を待つ間、箱根に出かけたラフィンは、そこでのちに夫人となる「ミヨ」と出会い、ひとめぼれしたと伝えられている。
ふたりは大恋愛の末に結婚し、以後ラフィンは日本に根を下ろす。
夫妻は8人の子宝に恵まれ、この館は結婚する長男のために建てられたと伝えられている。
山手111番館の優しい雰囲気は、愛情深い両親のロマンティックな出会いのエピソードにぴったりだ。
ナラ材の美しいホールの床。直線的でシンプルなモザイク
この床は、箱根の寄木細工を思わせる細いモザイク。
もしかしたら設計したモーガンが、夫妻の出会いの場所を知って、この意匠を思いついたのかもしれない。
最近まで大事に住まれていた個人宅だった
横浜市がこの土地を取得し、建物の寄贈を受けたのは、1996年(平成8年)。
公開がはじまったのは1999年(平成11年)。
ラフィン夫妻から所有者は何人か代わったが、この建物を愛した住人たちは大幅な改造を行わず、大切に手入れをしながら住んでいた。そのため、創建当初の意匠の数々がそのままの形でかなり残っている。
暮らしやすい工夫と控え目な装飾
1階は、ホールを中心に、応接室、食堂、厨房、浴室と個室が2つある。
山手111番館の特長として名高いものが、吹き抜けのホールを囲む回廊。
ホールから吹き抜け上部の回廊を見上げる
この回廊は片持梁で廻っていて、柱で支えられていない。このような建築様式はとても珍しく貴重なもの。
暖炉上の張り出しが優雅でドラマチックだ
ただし、重みがかかるとより傷みやすいため、現在では2階の公開を毎月1回に限っている。
ここには高温多湿の風土に合わせた工夫がいくつもある。
たとえば創建時には、網戸がロールカーテンのように降りてくるようになっていた。
モーガンゆかりのものが展示された部屋の鎧戸は今も動く
そして室内に鎧戸を収納できるようになっているので、窓周りの外観がすっきりしている。
歴史を重ねてきた真鍮が窓に一段と趣を加える