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自分が小さい頃、横浜橋商店街には映画館があった気がします。だいぶ雰囲気が変わった気もします。当時の様子やテナントさんなど、思い出したいので調べてもらえませんか?気になります。。。(すがひこさん)

はまれぽ調査結果

1951年に開館した横浜橋通商店街の映画館「横浜銀座」。ハマギンという愛称で親しまれたが、1981年ごろ閉館。活気のある雰囲気は当時と変わらない

ライター:クドー・シュンサク (2015年02月03日)

1951(昭和26)年、今から63年前のことである。組織として設立された横浜橋通商店街協同組合。その歴史は1928(昭和3)年、今から86年前に、現在のハックドラッグの元会長石田氏により横浜橋通相互会が設立された。現在の横浜橋通商店街の原型が、このとき誕生したという。
それから86年が経ち、今年のお酉様も大いに盛り上がった横浜橋通商店街。

歴史諸々、過去にあったと思われる映画館のことを含め、少し、掘ってみます。



横浜橋通商店街の昔

夕暮れが少し背中を丸めた時間帯、そぞろとお伺いをたてに来ました横浜橋通商店街。
 


「粋な下町よこはまばし」と謳(うた)われる横浜橋通商店街


よく来るといえば来ます、横浜橋通商店街。商店街は横浜市内に数あれど、昔のにおいが強く残っている希有(けう)な存在といえる。そんな、横浜橋通商店街。それに、いつ来ても独特の活気と人情味も漂う。そんな雰囲気もいい。ほんのり、どこか緊張感もあったりなかったり。
 


現在の横浜橋通商店街
 

商店街の組合事務局へ


いつも通りの活気がある。現金のつかみどりをやっていてにぎやかさもある。穏やかでいて昔の空気がしっかり漂う。いいもんです。
 


こちらの奥に組合の事務局があるのでおじゃまします


横浜橋通商店街協同組合の事務局、神野(かみの)さんにお世話になります。あわただしい中「写真そろえておきましたよ」と笑顔で迎えてくれた。
 


ありがとうございます


まだ準備ができていないとのことなので、まずは古くからこの商店街で時代の移り変わりを見てきた菓子店の店主の方を紹介していただけるとのこと。お話を伺いに。
 


1928(昭和3)年創業の菓子店タカナシさん
 

2代目店主の高梨晃さんにお話を聞く


「映画館? ハマギンだね・・・(笑)。あったよ。ウチの斜め向かいに。確か私が小学3年生の時にできましたね・・・昭和・・・23年」。映画館の名前は「横浜銀座」。チャンバラ映画や任侠映画がよく上映されていたようで、高梨さんは当時の映画館にひとつ思うことがあるという。
 


「ハマギンのおかげでね・・・バカになっちゃったよ」


好奇心を煽(あお)る映画館の存在。勉強は手につかず、毎日のように映画館に足を運んだという高梨さん。子どもながらに、当時の映画館の刺激的な存在感は今でも鮮明に残っているという。

高梨さんが小学3年生だった1948(昭和23)年当時、映画館の入場料は大人450円で小人300円。高梨さんはよしみで毎日のようにタダで映画を観ていたという。当時の思い出の作品は1953(昭和28)年公開、衣笠貞之助(きぬがさ・ていのすけ)監督・脚本の『地獄門』とのこと。

そのころの商店街は、混沌とした時代の中、あたたかい雰囲気と映画館や新しい店舗の出店に、いつものお店にひとだかりができる。そんな時代。毎日が「おもしろい」と感じる、この商店街が生活のすべてだったと話してくれた。
 


右から2番目が若かりしころの高梨さんとその右にいらっしゃるのが奥様(1980年代半ばごろの写真)


映画館があった当時から記憶の中で今も残っている店は惣菜店の栃木屋さんと、パン・洋菓子の店である丸十ベーカリーさん。商店街の規模は今と当時は変わらないというが、20年ほど前から、それまであったお店の閉店が相次いで、韓国や中国系のお店が次第に増えていったという。「おそらく福富町がそうなったころと時は同じくして、ってかんじかな」とのこと。

ここで、映画館が現役だった1977(昭和52)年の写真を。
現在の場所と合わせてみます。
 


1977(昭和52)年当時のハマギン「横浜銀座」(横浜市史資料室所蔵)
 

現在のこの場所にハマギンがあった
 

次のページでは貴重な当時の写真を何点か紹介します

 
 
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