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伝説の深夜番組『11PM』のお色気レポーター 清水節子さんを徹底解剖!

ココがキニナル!

伝説の深夜番組『11PM』のお色気レポーターだった清水節子さんてどんな人?

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ライター:松野 孝司

横浜生まれの横浜育ち、生粋の浜っ子の清水節子さん。
中学時代からヤンチャして、警察のやっかいになることもしばしば。

伝説の深夜番組『11PM(イレブンピーエム)』(日本テレビ系)ではお色気レポーターとして活躍。
ダイヤルQ2で始めた人生相談も大ヒット、ドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」に出演すれば国内外で9つの賞を受賞。そのマルチな才能には嫉妬心さえ覚える。

現在は歌手として活動している清水さんの波乱万丈な人生に迫ってみた。

 

 清水節子 (しみず せつこ) さん 
誕生日: 11月3日
出 身: 神奈川県横浜市
血液型: AB型
仕 事: 歌手
H P : http://shimizu-setsuko.com/
 



伝説の深夜番組『11PM』のお色気レポーターで活躍



―ご自身で経営していたスナックで人生相談をしていたそうですが?

22歳のとき横浜市内でスナックを開店して、そこでお客さん相手に人生相談を始めたの。

相手はお客さんだから「何かあったら電話して」と軽い気持ちで言ったら、それからジャンジャン電話がかかってくるようになって、寝る時間もないくらい。

それでスタッフを雇ったりしたんだけど、もう大変。相談料も取ってなかったので全て持ち出し。
いま考えれば自分でもよくやっていたと思うわ。


―スナックのママから芸能人に転身したわけですが、そのきっかけは?

あるとき夕刊紙の記者がお店に来て「面白いからぜひ」と取材され、電話相談のことなんかが小さな記事になったのね。それを読んだ日本テレビのディレクターから「レポーターをやらないか」と口説かれたのがきっかけ。それでお店を他人に任せて、人生相談も辞めてタレント活動するようになったの。20代後半から4~5年ぐらいが一番忙しかったかな。
 


『11PM』時代は本当に好きなことができて、自分をストレートに出せたという


―『11PM』ではお色気レポーター役で活躍していましたが、今でも印象に残っている現場はありますか。

網タイツ姿で高田馬場の有名な質屋に行って「私をいくらで買ってくださる」と自分を"質入れ"したり、ホストクラブやゲイバーやSMクラブに行ったり、本当に色々な仕事をさせていただいた。だからどれか1つを選ぶとなると難しいわね。

あえてあげるとしたら黒人シンガーに扮して新宿のグランドキャバレーへ「雇ってくれ」と売り込みに行ったドッキリ企画。黒人のようなメイクをして、通訳を交えて片言の英語で店のオーナーと交渉し、最後ネタバラシにステージに上って都はるみの「北の宿から」を歌うという趣向だったわけ。黒人だと思った人間がいきなり演歌を歌うもんだから、その瞬間のオーナーのビックリした顔ってなかったわ(笑)


―有名になって困ったことはありませんでしたか?

中学生や高校生が当時住んでいたマンションに訪ねてきて「清水節子だ~」と指差されることは日常茶飯事だった。泥棒に入られたりして、身の危険を感じたことも一度や二度じゃないんです。

そういうこともあったから子供が生まれてからは、芸能界の仕事をお休みしたの。


―ダイヤルQ2で人生相談を始めたのは、それからなんですか?

そうね。「あの清水節子がやっている」とかなり評判になった。今もベンツが買えるくらいの年収があるけれど、このときが一番儲かっていたかな(月収はウンゼン万だったとか)。

でも子供が小学校に入学して、保護者会に参加したら、あるとき父兄の方に清水節子だということがバレちゃって大騒ぎになった。そこで人生相談もキッパリ辞めちゃったわけ(笑)



高ゲタとボンタンのヤンキースタイルで伊勢佐木町をブイブイ


 


「自分でいうのもなんだけど、10代の頃は本当に可愛かった」という


―ところで中学生時代からかなりヤンチャだったとお聞きしているのですが…。

小学校のとき父が再婚し、継母が躾に厳しい人でピアノやバレエなどの習い事をさせられて、中学も私立のお嬢様学校に入学。それで、息がつまってグレちゃった(笑)

高ゲタでボンタンと呼ばれる男物のズボンを履いて、伊勢佐木町に入り浸っていたの。

自分から喧嘩は売らなかったけど、売られた喧嘩は買うという硬派な不良だった。
警察に補導されると「またお前か!」って感じ(笑)

家出して保護されたこともありますよ。保護されたのが千葉の田舎だったけど、家に戻るのがイヤだから何とか逃げようとして「おしっこしたい」と駄々をこねてパトカーから降りて、田んぼのあぜ道を一目散。

結局、捕まってドロだらけになっただけだった…(笑)


―それが一転して22歳でスナックを開店するわけですが。

そんな不良娘だったから早く独立したい、という気持ちが強かったんです。
高校時代は祖母と暮らしていたのですが、そこも家出して歳を18歳と偽ってバイト三昧。

昼はジャズ喫茶に務め、夜はクラブで歌っていた。
とにかく500万円貯めようと思ったから必死で仕事したわね。

今の「風営法」ほどは厳しくなかったけど、歳がバレて警察に補導されたこともあった。
当時は「毛布がなくて寒いの」とお客さんに言えば、翌日買ってきてくれる人もいて、「世の中、結構チャラい」と舐めていた面もありました。今思うとイヤな女ですよね(笑)

 


色っぽさはまだまだ健在