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みんなのキニナル

    毎日横浜公園でおもちゃを用意してくれたり、子供と遊んでくれるおじさんがいるのですが、キニナリます。子供に危害が加える人ではないですし、非常に助かっているので感謝していますが、素性を知りたいです。

    中居屋さん

    Instagramで「元町ラバーズ」と言う名前で横浜元町を紹介しているのをよく見かけます。いろんなイベントやお店を紹介してるのですが一度はまれぽさんも取材拒否してもらいたいなぁと思いました。双方向コラ...

    bachplayerさん

    先日、桜木町から新港地区へのロープウェイが計画されているという報道が出ましたね。その報道の中で、以前に報じられた横浜駅東口から山下公園へのロープウェイも協議中であるとの話がありましたが、こちらの進捗状...

    ねこまんさん

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横浜のココがキニナル!

鎌倉市内には京急電鉄は通っていないのに、駅前のバスやタクシーに京急が多いのはなぜ? 昔から不思議に思っていました。(daikiさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

江ノ島、鎌倉をめぐり、交通事業でしのぎを削った結果、京急が生き残ったから。そこには、日本初の有料道路の存在が大きく関わっていた!

ライター:吉岡 まちこ (2012年02月18日)

鎌倉の駅前は、京急カラーでいっぱい

鎌倉市内の駅は、JRが3駅(鎌倉駅、北鎌倉駅、大船駅)。
そして湘南モノレールと江ノ島電鉄の駅が、13駅ある。
通っている鉄道は、JR東海道線・横須賀線・根岸線・湘南新宿ライン、江ノ島電鉄、湘南モノレールだ。

つまり鎌倉市内、どこにも京急は通っていない。

それなのに、鉄道以外は京急の勢力がスゴイとの話。
どれくらいすごいのかさっそく鎌倉駅のバスを見にロータリーに行ってみた!
 


圧巻!京急のシンボルカラー水色のバスがずら~り 


大船駅はどうだろう。
 


大船駅東口も京急、京急…。ミニバスも京急だ


鎌倉市内を走るバスは、京急バス、江ノ電バス、神奈中バスの3つだ。
ちなみに、隣の藤沢駅(JR東海道線・小田急江ノ島線・江ノ島電鉄線)、戸塚駅(JR東海道線、横浜市営地下鉄ブルーライン)も、路線バスに京急は走っていない。


駅待ちの京急タクシーの台数は、驚異的!

ネットで調べたところ、鎌倉市内に営業所があるタクシー会社は全部で7社。

鎌倉市小袋谷に京急交通(株)の営業所があるので電話で聞いたところ、7社のうち大船駅と鎌倉駅のタクシー乗り場の両方で待機しているのは、京急だけだそうだ(鎌倉駅は東口のみ)。

保有台数も、京急に次ぐ大手がどこも30台半ばのところ、京急にいたっては99台。ダントツだ。
 


大船駅のタクシー乗り場。ちょっと前まで京急タクシーがほとんどだった


なぜ鎌倉市にはこんなに京急グループが進出しているのだろう? 考えてみると不思議な気がする。

ここは単刀直入に、東京の港区にある京浜急行電鉄(株)の本社に取材を申し込んでみた。
が、総務部広報課からの回答は、社史や書籍資料を送るのでご参照くださいとのこと。

そこにあるのは解読するまで数日間かかった、大正~昭和にかけての観光地江ノ島へ向かう足の争奪と、避暑地鎌倉の土地をめぐる、実業家や政治家によるそれはもう熾烈な買収ヒストリーだった。

最終的に京急グループが“勝利”したから今があるわけだが、その証しともいえるのが「日本で初めての有料道路」を京急が運営していたことだった。
鎌倉に日本初の有料道路があった!? それは知らなかった!!
 


1967年の地図にも「京浜急行有料道路」の文字が見える



「交通界の革命」とも言われた日本初の有料道路


有料道路を作ろうと言い出したのは、実業家の集まり「江ノ島遊覧自動車土地(株)」。
大正末期の話だ。

当時、江ノ島鎌倉観光は年間150万人(ちなみに現在は1,900万人前後)。
鎌倉駅でわざわざ江ノ電に乗り換えなくても、大船から一直線で江ノ島に抜ける道を作って乗合自動車(バスのこと)を経営し、一般車からは料金を徴収したら“もうかるぞ~!”と夢見たのだ。
 


昭和初期は、関東大震災の復興で江ノ島も沸いていた


しかし、思ったようには資金繰りがうまく行かなかったようだ。
あとを引き継いだ実業家・菅原通済(すがわらつうさい)という人は、すごい知恵をふりしぼった。

有料道路の道沿いを高級別荘地にして、道路の利権と抱き合わせにして売ろうというのだ。
それが「鎌倉山」だ。昭和3年に「日本自動車道(株)」を設立して売って売って売りまくった。
 

鎌倉山の名も菅原氏が命名し、碑にその名がある。鎌倉山は山も海も絶景だ


その時の言葉が面白いので、ほぼそのまま引用してしまう――
「大船、江ノ島の中間の鎌倉山が富士、大島を一望の下に眺められる天下の絶景だから、ここを百万坪ほど住宅地に開放して、株主に持たせよう、そこで金持ち心理につけこんで専用道路会社の株を百株、すなわち5000円持った株主にはこの住宅地を500坪に限り2500円で優先分譲する計画を発表。欲張りが多いから申込みが殺到した」―『東急外史顔に歴史あり』より

殺到した大口申し込みは、三井、三菱、安田、大倉名財閥の重役陣、電力会社重役ら。
株主募集は大成功したという。

昭和5年に着工し、昭和6年にはおおよそ完成し、乗合自動車(バス)を運行させた。
当時アスファルト舗装そのものが珍しいのに、それが6.8kmも自動車専用だったなんて贅沢中の贅沢だ。
 


昭和8年に有料道路開業。開通時のPRにも使われた絵ハガキ
(写真提供/鎌倉市図書館近代史史料室)

日本初の有料道路はその後どうなる?京急とのつながりは? 次のページ≫
 

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