昭和40年代、南戸塚小学校横の小さい公園の裏側にあった滝の様子は?
ココがキニナル!
戸塚区の南戸塚小学校横の小さい公園の裏側に昭和40年代に滝があったと記憶しています。当時の写真や話を地元の人に伺ってもらえないでしょうか?(山下公園のカモメさんのキニナル)
はまれぽ調査結果!
昭和40年代に滝があったという資料や目撃情報はあったが、写真は見つからなかった。持っている方がいたら、編集部に連絡をいただきたい。
ライター:山口 愛愛
ようやく、手がかりをつかむ!
戸塚区役所にも電話して事情を話し、資料を探していただくことに。その間に戸塚図書館に移動し、こちらでも資料を探す。
地区センターの1階にある図書館は賑わっている
相談窓口で経緯を話すと、館内用の戸塚の歴史に関する図書を集めてくれた。
宿場町として栄えた頃の歴史などは興味深いが、滝の話は見当たらず・・・
相談窓口の方が、倉庫から館内用の大地図を持ってきてくれた。
貴重な昭和40年代の戸塚区の地図。山の占める割合が多い
戸塚町周辺の地図。滝の地図記号(|:)を探してみたが見当たらず・・・
窓口の方が「ほかに資料がないか探してみて、見つかったらご連絡しますね」と親切に対応してくれたので、名刺を置いて図書館を後に。
決定的な資料がなく肩を落とすが、区役所から折り返しの電話が。滝があったことを記す小冊子が見つかったとのこと!戸塚区役所の区政推進課へ足を早める。
庁舎の入口脇に駐車場が完備され、便利な区役所
担当の浅野さんにお話を伺うと、戸塚区市民課内が刊行事務局となり、「郷土戸塚区歴史の会」が1983(昭和58)年に発行している「戸塚くるぶ」に証があるという。
実際に生活している地元の人が、今に歴史を伝えるあたたかい資料だった。
1803(享和3)年の戸塚宿助郷の一覧や、首洗い井戸の伝説なども書かれている
ページをめくっていくと。一文ではあるが、確かに記載があった!
「南側公園に不動堂あり、滝があったので滝不動とも呼ぶ」
南戸塚小学校が開校した1971(昭和46)年には滝があったことが判明。投稿者の昭和40年代とまさしく一致する。しかし、滝がどんなものだったかは書かれていなかった。残念ながら写真はないそうだ。
南側の公園?南側も通ったのだが・・・。不動堂は今でもあるのだろうか。よし、現場で再調査だ。
再び南戸塚小学校周辺へ。南側といえば小さな住宅があるくらい。もしかして公園とはこのことか?
遊具のある公園を想像していたが、この空き地が公園か?
空が緑で隠れ、うっそうとしている。この辺りに滝があったのだろうか。
見渡してみると小屋のようなものが
近付いてみると・・・不動尊!
滝があった場所はこの辺りで間違いないだろう。
再び通りがかりの人に「戸塚くるぶ」も見せて訪ねてみる。「わかりませんね」が続き、4人目の40代の女性。
「滝があった、ということは聞いたことがあります。この下の辺りと聞いたような?」
フェンスがあるので、空き地の横の坂を降りてみた。空き地の下側は斜面の勾配がきつく、小さな崖のようになっていて、木の根が四方にのびている。
この辺に滝があったのだろうか?
滝はここに? 大地を張り巡る木の根はまるで生き物のよう
今回調査をしてみたが、実際に滝を見たという人や写真を持っている人は現れなかった。そこで、はまれぽのFacebookページでも情報提供を募るとありがたいコメントが!
「公園に入ると正面にブランコが二台右手に神輿をしまってある建物があったと思います、ちょうどブランコの下が大きな木になっていて階段を下りると黒い柵があって不動明王(たしか今もあるはず)その当時は滝と云うより湧水が流れてる感じだったです。小さな池に流れる感じで生きものはカエルを捕った記憶があります柵の左側が壊れていて中に入れたので」
現在はブランコなどがなく多少変わっているようだが、場所は間違いなさそうだ。水源が豊かな場所でカエルを捕っている姿もうっすら想像できる。ここまで来ると、当時の写真を見てみたいと強く思う。
取材を終えて
決定的な情報が得られず、投稿者には申し訳ないと思いつつ、地元の人が記した資料や区役所のサポート、Facabookからの情報提供など、人と人とのつながりのありがたさを感じた。そこでユーザーのみなさんのお力もお借りし、滝の写真や情報をコメント欄からお寄せいただけないだろうか。無事に調査完了となれば幸いだ。
− 終わり −
ボルゾイさん
2023年07月08日 04時52分
昭和47年小学校入学を機に、祖母と住むために紅葉滝の近所に引っ越しました。鳥居さんに向かって左手が段々畑か田んぼ、右手がお滝さんから流れる川だったかと。昭和47年以前は、滝壺に男の子が褌姿で入る行事もあったと、祖母から聞いた記憶があります。夏の暑い日は、お滝さんに涼みに行っていました。鳥居さん入って左手に祠があり、すぐ傍の斜面を登った先は平地で、清水が流れる場所もあり、日本タニシがいました。写真はありませんが、懐かしかったので投稿させて頂きました。
流れものさん
2016年01月09日 01時51分
滝の事に興味を持って流れてきた者ですが、他の方のブログによると不動尊の近くのどこかの地べたに滝の側にはよく置かれる不動明王の石像もあるそうです
3136番地さん
2016年01月01日 17時19分
南戸塚小学校ができた時に2年だった者です。その公園は、南戸塚小学校ができる前は公園ではなく、滝壺というか池の横にあった階段を登った先の小さな神社でした。小学校ができる時に山を切り崩したのですが、その際に神社もなくなり、その跡に公園ができました。池の壁面にはたくさんの蔦(木の根?)が下がり、いつも水が滴るように落ちていていたので、確かに滝のようにも見えました。神社がなくなってからは池の水もだんだん減ってしまった様に思います。また、池の周りにはいくつか石仏があったと思います。周辺では、南戸塚小学校の下の現在法務局のある辺り(南戸塚小入口信号)には昔トンネルがあり、その先の現在下郷小学校辺りはオケラやヤゴが沢山とれるたんぼで、その横の現在住宅地のところには山があり、防空壕のような地下壕がありました。南戸塚小学校と下郷小学校の間にある戸塚公園は昔はまむし山と言い、クワガタやカブトが沢山とれました。