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旭区にある今宿町と本宿町は関連性のある地名なの?

ココがキニナル!

旭区には本宿と今宿という「宿」のつく地名がありますが、何か関連はありますか?(maniaさん)/旭区には今宿と付く町が5つもありますがどういう経緯でこうなったの?(ココポリととさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

確定的な資料はないため、両方の関連性は諸説あり。東海道の宿場ほどの規模ではないが、どちらにも宿があったようだ

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ライター:田中 大輔

宿があったのは異論なしのようだが・・・



旭区の民間団体「あさひガイドボランティア」の会のメンバーで、『都岡村の今と昔』の著者でもある牧田修俊(ながとし)さんに伺った話と資料の内容を見ながら、真相に迫ってみよう。

『新編武蔵風土記稿』に目を向けると、当時の今宿村を紹介した記事は「村名のおこりを傳えずと云へど(村名の起源は伝わっていないとはいえ)」から始まる。
その後に続けて、今宿というのだからこの辺はもとは宿駅(=宿場町)だったのかもしれない、と推察しているのだ。
 


今宿2丁目。後述するが、かつての“宿”はこの辺りではなかったようだ


二俣川村の小名であった本宿については、この本宿も昔は宿駅でココの隣村の今宿にいったんその機能を移したことがあるんじゃないだろうか、と書いている。

つまりは、もともとの宿が本宿で、その機能を譲り受けた新しい宿という意味で今宿と名付けられたということだ。
お互いの関係性を指摘しているわけだが、『横浜の町名(初版、横浜市市民局刊)』でもこの説を「恐らく正しい解釈であろう」、「妥当な解釈であろう」と支持している。
この説が正しければ、本宿は今宿よりも古い地名となるから、どちらも中世には存在していたことになる。
 


今宿は、本宿に対して“新しい宿”という意味なのだろうか


牧田さんも「確定的な資料はありませんが、どちらも宿があったのは間違いないと思います」と話す。ただ、東海道の宿場のような大規模なものではなく、「宿場町というよりも、“宿があった”という解釈の方がいいでしょう」と続け、規模としてはかなり小さかっただろうと推察してくれた。

宿や店を出していたのは土地を持っている農民、いわゆる本百姓であったケースが多いそうで、農業の副業として行っていたそうだ。



関連性をめぐる2つの意見



では、宿があったとして、それはなんのための宿だったのだろうか。
宿があるということは、泊まる人、つまりは遠くから旅をしてきた人がいた、ということになる。

牧田さんは、「今宿は八王子街道が通り、本宿には相州道がある。それぞれこれらの街道を使う人のための宿だったのでしょう」と話す。
 


今宿西町を通る八王子街道(国道16号)が右側。左は旧道だそうだ


街道の位置から考えるに、今宿の中心地だったと考えられるのは国道16号が通る現在の今宿西町で、今も“今宿”というバス停がある。
今宿西町にあってこの名前なのは、ココがかつての中心地だったことを示唆している
 


まとめて報告になった別のキニナルにあった、かなり古いバス停も今はこの通り

 

バス停の位置はここ(Googleマップより)


しかし、牧田さんは『新編武蔵風土記稿』にある本宿と今宿の関係性を指摘する説に懐疑的だ。
「地名の“今”や“本”がなにを意味するかは分かりませんが、私は直接の関係はないように思う」とのことで、その理由として「距離が離れているし、通っている街道が違う」という点を挙げる。

また、「『新編武蔵風土記稿』の記述も根拠があるわけではない」とも牧田さんは語る。
確かに「ありしにや」、「あるにや」という推量の表現を使っていて、自信満々間違いなしというわけではないのである。



取材を終えて



どちらの説も確定的な根拠があるわけではなく、新しい史料でも出てこない限りは100%正確な答えは出ないだろう。
地名にまつわる歴史というのは、往々にしてそういう場合が多いのも事実だ。
 


今宿で見かけたネコ


ただ、補足情報を書いておくと、茅ヶ崎市にも本宿町と今宿という地名が残っている。
どちらも東海道沿いにあり、『皇国地誌(こうこくちし)』によれば、今宿は隣の中島村の本宿に対して改称したそうだ。
つまり、古い宿を本宿、新しい宿を今宿と呼ぶケースは存在しているわけである。

また、『新編武蔵風土記稿』からは、この本ができた当時はすでに宿駅としての機能は失われていたことも分かる。

この辺りを加味して考えてみると、いろいろと面白い想像が膨らみそうである。


―終わり―
 

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コメントする
  • 古くからの地名は良いものです。そして地名の由来も知れば知るほど面白い!なんとかが丘とかなんとか台とかという地名よりよっぽどいいです。

  • 中世の鎌倉道(中道)で、帷子川の渡しの手前に出来たのが「本宿」。近世以降の八王子街道で出来たのが「今宿」。という時代の移り変わりに由来するのでは? 

  • 今宿町に住んでうん十年ですが思いもよらない史実の考察に目から鱗…です

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