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かつて漁師町だった、古きよき姿を残す「浜マーケット」の盛衰とは?

ココがキニナル!

昔、浜マーケットあたりで漁師さんが朝河岸、夕河岸に、はぜじゃこという卵を持った小魚をまとめた天ぷらを売ってました。根岸、磯子付近の漁師町の盛衰とハゼじゃこが捕れるところがある?(ノンちゃんのパパさん)

はまれぽ調査結果!

埋め立てが決定した1957(昭和32)年ころまで朝河岸・夕河岸で漁師の奥さんが小魚の天ぷらなど販売していた。はぜじゃこの正体は分らなかった。

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ライター:すがた もえ子

昔の浜マーケットの様子とは?(つづき)

 

入口看板には「お買物は何でも揃う」(1956〈昭和31〉年5月 画像提供・浜マーケット)
 

昔は65店舗ほどのお店が建ち並び「何でもそろう浜マーケット」というキャッチフレーズを掲げていた。現在は店舗の数が減ってしまったため「品質確かな専門店」とうたっている。

「昔は目の前の国道16号線の内側を、市電が走ってたんだ」と小島さん。当時は片側1車線ずつの道路で、その中央を市電が行き来していたという。

 

昔の国道16号線(画像提供・浜マーケット)
 

「オリンピックの聖火リレーも走ったんだよ」と小島さん。貴重な当時の写真が残されていた。

 

聖火リレーを待つ人々(画像提供・浜マーケット)
 

1964(昭和39)年、東京オリンピックの聖火ランナー(画像提供・浜マーケット)
 

大勢の人が聖火ランナーを見守っている(画像提供・浜マーケット)
 

「オリンピック東京大会 聖火リレー」と書かれた車(画像提供・浜マーケット)
 

闇市からスタートした浜マーケットは、昔は1店舗の広さが1間(いっけん)間口(約1.8182メートル)と決まっていたが、これも時間とともに変化。1961(昭和36)年には間口が3間の店舗も現れた。

現在の浜マーケットは約20店舗と当時と比べられば数は少なくなったが1店舗の広さが大きくなっているのだ。「昔は一間間口でも食べられてたんだよ。それくらい需要があったんだよね、スーパーも無い時代だったから」と、小島さんは懐かしそうに語ってくれた。

 

1961(昭和36)年、間口が3間になった店舗(画像提供・浜マーケット)
 



海岸の埋め立てにより、環境は大きく変化

 

1947(昭和22)年の航空写真、黄色く囲まれた部分が浜マーケット。右下はもう海(画像提供・浜マーケット)
 

浜マーケットと海は100メートル程度しか離れておらず、子どもたちは家から海パンを履いて海まで遊びにいっていたのだそうだ。
1959(昭和34)年に「根岸湾埋立」の工事が着工、重化学工業地帯が誕生するまで、磯子区に面した根岸湾は人々に恵みを与える豊かな海だった。

 

根岸湾が浅瀬だったころの写真(磯子区役所所蔵)
 

沖では魚、砂浜では貝が採れ、海苔の養殖も行われていた。海で採れたいい魚は問屋さんや魚屋さんに売り、残った小魚などを漁師が天ぷらにして売っていたようだ。

「漁師のオバチャンが浜でとってきた魚を天ぷらにしてたよ。まな板と台を持ってきてね、秤(はかり)をおいて」と小島さんは語る。
ほかにも網でかかった小魚の頭を取ってバケツに入れて売っていたり、剥きアサリなども販売していたという。

 

剥いたアサリも販売していた!? (写真はイメージ)
 

海の埋め立てが始まる前くらいまでは八幡橋のたもとや浜マーケットの前あたりに朝河岸、夕河岸といって市をだして、漁師の奥さん方が小魚の天ぷらや取れたての魚などをその場で販売していたと小島さん。

キニナル投稿にあった「天ぷら」が売られていたのは、こうした中の1店舗のようだ。

「お魚では“ハゼ”とか“コチ”とか取れたよ。アサリも取れてたみたい。よくおばちゃんたちがアサリの殻をむいてたよ」と小島さんはいう。

現在は海が埋め立てられてしまったため、もうそんな光景を見ることはできない。

 

浜マーケット近くにある八幡橋
 

『磯子区制80周年記念誌』によると、当初、埋め立て計画は地元の漁師たちには寝耳に水で、先祖代々受け継いできた仕事場を守ろうと反対運動も起きた。

1956(昭和31)年10月9日には屏風ヶ浦漁協及び同海岸埋立反対期成同盟によって「磯子海岸埋立反対決議」が市に手渡され、同年10月17日には国鉄根岸線建設並びに磯子・杉田地先埋立てに地元漁協が反対、国鉄に陳情したと記録に残されている。
しかし、結局は横浜の発展のため、ということで合意し、反対を取り下げたということだった。

 

電源開発磯子火力発電所(フリー素材)
 

かつての海岸は埋め立てられ現在は火力発電所や工場などが立ち並ぶ工業地帯となった。海岸が埋め立てられ根岸線が開通すると、周辺に住む人々も勤め人が多くなったという。
工場地帯で働くために外から入ってくる人も多く、人口は増加した。

 

磯子区・室之木町内会のお祭りの様子(画像提供・浜マーケット)
 

昔は室之木町内会で御神輿を出してお祭りもやっており、浜マーケットもそれをバックアップしていたが、祭りに参加する人も減り、人手の確保などさまざまな事情が重なり、1980(昭和55)年を最後に行われなくなってしまった。



今でもはぜじゃこが採れる場所はあるんだろうか?



今回の調査で初めて知ったのだが、ハゼは魚の中でも種類数が多く、現在発見されているだけで2100種類を超えるのだ。

 

ハゼ科マハゼ(フリー素材より)
 

キニナル投稿にも書かれていた「はぜじゃこ」だが、金沢区の小柴漁港に問い合わせてみると「はぜじゃこという魚は聞いたことが無い、うちでは取れない」ということだった。

横浜中央卸売市場でも聞いてみたが、お魚のプロたちも「初めて聞いた」との答えが。
キニナル投稿にあった「卵を持っていた」という部分から考えると、稚魚ではなく成体のようだ。そのことをお伝えすると「小魚の雑魚(じゃこ)じゃないんだったら、地方名じゃないかな」と教えていただいた。

魚の地方名とは方言のことで、明治時代に標準名として統合されるまで、1つの魚に数百の呼び名があり、土地ごとに違う呼び方をされていた。

 

青果・水産物・鳥卵などを扱う横浜中央卸売市場
 

『日本産魚名大辞典』(日本魚類学科編)を参考に例を挙げてみると、ハゼ科/標準名:チチブ/地方名:イボ・カジカ・カワハゼ・クロハゼ・ダボハゼ・グロ・ヌメ・ブトキン・・・現在でもチチブという魚は地方によって43個もの違う名前で呼ばれている。

「はぜじゃこ」というのは、磯子付近で何かの魚の地方名だった可能性はあるが、キニナル投稿にあった天ぷらのお話や浜マーケットの小島さんから伺ったお話から、小魚の「雑魚」の総称として「はぜじゃこ」と呼んでいた可能性もある。

 

シラスとかではない小魚!?
 

今回調査でお話をお伺いした横浜南部市場で浜マーケット出身のお魚屋さんも「はぜじゃこ」という名称には心当たりがないとのことだったので、現在はもう使われていない呼び方なのかもしれない。

はっきりしていることは、かつて磯子には豊かな海があり、そこで取れた小魚が市で天ぷらとして売られていたということ。そしてその天ぷらを食べたことのある人は「美味しかった」ということだ。



取材を終えて



今回取材させていただいた浜マーケットは、放火による火災にも負けず、現在も地域の人々に愛され続ける商店街だった。マンパワーとは、まさにこういうことを言うのだろう。
開発により埋め立てられてしまった町並みからは海の気配を感じ取ることはできなかったが、昔はここも海岸だったのかと想像すると、少し不思議な気分になった。

はぜじゃこの正体は結局分からないままだったが、採れたてのお魚を天ぷらでいただくのは、間違いなく美味しいものだったのだろうと思った。


―終わり―


取材協力
うなぎ小島家
住所/横浜市磯子区久木町20-3
電話/045-751-5841
営業時間/10:00~19:30
定休日/毎月9・10・19・20・29日
http://www.isogo-kojimaya.com/

浜マーケット
http://hama-market.com/

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  • 私の子供のころは浜マーケットは本当に賑やかで活気のある商店街でしたね。電車通りには本屋の浜書房、マーケットの中には貸本屋さんが2軒あったような気がします。出たばかりの月間「少女」や「リボン」などの雑誌にトレーシングペーパーのカバーが掛かっていました。当時は多くの人が本を借りていたので、本が痛まないようカバーいていたのでしょうね。貸本屋の一軒が、雑誌の付録を単品で売ってくれたように思います。当時は毎月本を取る(本屋さんが自宅まで届けてくれた!)ほど豊かな家庭ではなかったので、付録を買ってもらった時は本当に嬉しかったですねえ。

  • 聖火リレー、小学校から国道16号線へ旗を持って応援に行きました。浜マーケット付近に「りぼん」とか「なかよし」とかの雑誌の付録だけを売っている夢のような?お店がありました。

  •  調査ありがとうございます。「じゃこ」とは「雑魚」のことで、小さな魚をまとめて売っていたのだと思います。魚主体なら「はぜじゃこ」、小エビ主体なら「えびじゃこ」と呼んでいたのだと思います。ボランティア仲間のSさん(75歳くらいの根岸小学校出身の方)に「はぜじゃこって知ってるよね」といったら、「かき揚げ、うまかったね。えびじゃこもあったよね」と返事が返って来ました。70歳以上の人でないと知らない名前なのかなあ。 ついでに:昭和の初めの何年間か浜に水族館があったそうです。載っている地図も見たことがあります。水族館に行ったことがある方となると90歳以上の方でしょう。昭和初期のことを直接聞きたいなら余り時間は残されていないと感じています。

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